いふ、幾日も幾日も行つても盡きない濶い濶い野を頭に浮べたり、その野の果に青く布を敷いたやうに川が流れてゐて、そこに黄色い嘴をした鳥がゐるといふことを想像したり、さうかと思ふと、さうしたさびしい野に野盜がゐて、もしかしてそれがその父親の一行に何か害でも與へはせぬかと心配したり、その間には殿がやつて來て、わざとかの女をからかつて怒らせて見たり、また時にはかねて言つてゐたことが賓行されて、その西の對屋から堀川の邸近くのとある家に移轉して行つたりなどした。その新しい家には母が來て、『これは日あたりの好い家だ……。これでは冬知らずだ』などと言つて、兎にも角にもさういふ家に住まはれる身になつたかの女の幸福を喜んだりした。それにその新居の庭のさまが、その周圍を取廻いた築土の奧の方に竹藪があつてそれに夕日がさびしく當つたりするさまが、やつぱり細かくかの女の心に雜り合つた。
『もう父君は、東の國を通り越したでせうね』
 何うかすると、かの女は物思はしさうにかう傍のものに言つたりした。さうかと言つて旅の人達のことばかりを常にその念頭に置いてゐるのでもなかつた。時には世間の噂なども靜かなその胸をかき亂した。
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