のに、それさへ再び夏草のやうに亂れ勝になつた。かの女には母親なしの自分の生活を考へて見ることは出來ないやうな心持に滿たされた。苦しいことがあると言つては、腹立たしいことがあると言つては、わからないことがあると言つては、すぐ母親のもとにかけつけたものであるのに――母親はそれを自分のことのやうにして心配もすれば慰めもして呉れたものであるのに――母親があればこそ今まで死にもせずに生きて來ることが出來たと思はれてゐるのに――あのやさしいにこにこした顏があるために何も彼も慰められて來たのに――もしものことがあつたりしたら? 窕子はそこまで行くと深い憂欝に閉ぢられずにはゐられなかつた。かの女はじつと妻戸のところに立つて竹むらに夕日の影の消えて行くのをたまらなくさびしい心持で見詰めた。
時にはひとりでに涙が流れて來た。孤獨の涙が。今度は治ることがあつてもいつか一度はわかれて行かなければならない涙が。豫想したことのないひとつの事件がその眼の前に起りつゝあるといふことが。その暁にはその身は何うなるであらうと思はれるやうなことが。それにしてもかの女は一度だつてそのやうなことを想像したことがあるだらうか。
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