言葉などをかけられたことは一度もないといふのだつた。
『やつぱりひとりでゐたので、さういふ風になつたのかしら?』
『さうかもしれない……』
 こんなことを二人は話した。道綱などが行つても、『あこ來たか、よう來た、よう來た!』などといかにも嬉しさうであつた。羊羹などを高つきに載せて出した。
 ところが二年目の春の祭の濟むころから、何となく胸がつかえるなどと母親は言ひ出した。その癖その祭見には、棧敷が取つてあつたので、窕子を始めかをるや呉葉などと一緒に出かけて行つたのであつた。そして風が吹いて塵埃の立つ日に御輿の赤牛にひかれながらねるやうにして行列の徐かにやつて來るのを見たのだつた。中宮の出し車の美しさがその時あたりの眼を惹いた。さまざまの色……さまざまの模樣……その中でたしか藤色なのが中宮だつた。忘れもしない、その日の夕方から、母親は何うも胸が變だと言ひ出したのだつた。
 しかし窕子は別に深くそれを心配しなかつた。一時のことだと思つた。物でも取りすぎたのだと思つた。丁度そのころ殿が續けて來たので、二三日無沙汰して行って見ると、奧の對屋に几帳して寢てゐて、思ひもかけないほどやつれてゐた。醫
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