した。多賀の府に留つてゐることが出來れば好かつたのだが、それが出來ないので、言ふに言はれない艱難を嘗めた話などを父親はした。しかしそれといふのも小野の宮の機嫌をそこなつたからで、それも奧を探つて見ればやつぱり窕子が兼家の許に行つたことに起因してゐるらしく、小野の宮が失脚してから、やつとその身が浮ぶやうになつたなどと父親は話した。『それにしても結構なことぢや……。殿の世になるのも、もはや程近い。目の前に見えて來た……。これからは、そなたも運がひらけるばかりぢや』こんなことをも言つた。
それにつけても母親の喜びは何んなであつたらう。八年の長い月日を離れてゐてしかも一刻も心に思はないことはなかつたのであるから、窕子の眼にもこの世の喜びとは思へぬやうな喜びが映つた。母親はたゞわくわくしてゐた。何から話して好いかといふやうにたゞ默つてじつとして顏を見合せてゐたりした。窕子は出かけて行つては、『母者、この頃、何うかしたやうだ……もう昔のやうに物を言はなくなつた……』などと言つた。
政治上の兼家はまだ正面に出て行つたといふわけではないので、それほど自由がきくわけでもなかつたけれども、長い間虐げら
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