い山があつて、その向うに町などがあるなどと聞いたが、そつちには行つたことはなかつた。高麗から移住して來た人達の方が、農事にも巧みに、文化も進んでゐて、もとからゐた百姓には馬鹿にされながらも却つて收穫などを多く貯へてゐるといふことだつた。話の間々には、老尼は念珠を手まさぐりつゝ佛の名を唱へた。
そこで一日あそんで、夕日がいくらか凉しくなつた頃から、窕子だちはその尼寺からもとの坊の方へと戻つて來るのだつた。道綱は鈴蟲や松蟲を澤山捕つて、それを母親に拵へて貰つた紙袋に入れて、喜ばしさうに手から離さずに持つて歩いた。かをると窕子とはこんな話をした。
『年を取ると、あのやうになるものでござるかのう!』
『ほんに、何も彼も忘れて了うものと見える……』窕子は考へながら、『あれでもいろいろと苦勞があつただらうに――その父母のことも考へたらうに――その父母や叔父伯母などが亡くなつてからずつと年月が經つて後にやつともどつて來たのぢやから、ほんにそら水の江の浦島が子と同じぢやのう………』
『ほんに同じぢや』
『不思議なことがあるものだ……。過ぎ去つたあとで考へたのでは、もうその時の心持は本當にはわからなく
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