……。私、それから先きには何うしても行けないからツて言つたんですの……。私、待つてゐるつもりだつたの……。ところが、何うしても向う岸にわたれツて言ふんでせう。私、此方にゐると、向うは先にわたつて、その石から私の手を引張るツていふ騷ぎなんですもの……。容易にはあそこには行かれやしませんよ』
『だから羨しいツていふんですよ』
 そこに兄の長能がやつて來て、その谷にはまだそれよりも美しい百合がいくらもあるといふ話しをした。

         三四

 ある日、呉葉がにこにこしながら入つて來た。
『たうとう參りました……』
『…………』
 窕子は谷に臨んだ坊の室で、凉しい麻の裳ばかりを着て机に向つて歌の本を讀んでゐたが、いくらかいぶかるやうな顏つきで、急いで此方へと入つて來た呉葉の方を見た。
『殿から……』
『あ……さう……』かう言つて窕子はその消息を入れた文箱を受取つた。
 かの女は別にうれしいといふやうな表情は見せなかつた。しかもそれを手にするとそのまゝその消息を取り出して、それをすぐひろげた。すらすらと讀んで行くのが此方に坐つて控へてゐる呉葉にも氣持好く感じられた。
 讀みおはるのを待
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