ひよつと見ると、あなたなんでせう。それから餘程聲をかけようかと思つたんだけども、何だか……』
 言ひかけて窕子は半分言葉を引込めて了つた。
『まア、聲をかけて下されば好かつたのに――』
『でも……』
 窕子は笑つた。
『だつて、私、困つて了つたんですの……。聲をかけて下されば好かつた――』
『そんなに申しわけをしなくつても好うございますよ』
『まア』
 しかも窕子は別にそれより深く立入つてその話をきくでもなかつた。むしろ立入つてその話をきくことを恐れた。かれ等は靜かに踵をあとにめぐらした。

         三一
 
 谷に凭つた座光坊には窕子はよくその庭の方から入つて行つた。そこにはかの女は母親とも行けば兄の長能とも行つた。道綱と呉葉と三人して行つたことなどもあつた。
『あの老僧は高徳の方だけあつて、ひとり手に頭がさがるが――あの今のあるじの僧も氣が置けなくつて好い。この深い山の奧で幼いころを過したやうな人だけに、何處か並でないところがござるな』
 こんなことを母親も長能も言つた。呉葉も、『好い法師さんですこと……。それに男前が好い!』かう言つたが、あとの一句は自分でもあまり言ひ過
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