た。
母や兄やまたはその周圍にゐる人達は表面では困つたことが出來たやうにも言つてゐるが、内心では小一條の女御に對する御門の愛が、中宮には戻つて行かなくても、この末の君に移つて行つたことを寧ろ祝福するやうな態度でゐるのであつた。それを登子は徐かにしみじみと窕子に話した。
雨は降り頻つた。軒から落ちるあまだれがすさまじくあたりにきこえて、サツと風が物凄く樹を鳴らした。何か物の怪でも來はしないかと思はれるやうな氣勢があたりにした。
結燈臺の灯はチラチラした。
二人は思はず顏を見合せて戸外にざわついてゐる物音を聞いた。
暫く經つた。二人は何も言はなかつた。
登子が始めて口を開いたのは、猶ほそれから暫く經つてからであつた。
『あまりに泣いたので、宮の御魂が來られた!』
『…………』
『たしかにさうだ……。たしかに宮の足音がきこえた――』
『………』
また二人は默つて耳を欹てた。サツと風雨がまた庭の樹を鳴らした。それと同時に、微かに人の忍び寄つて來るやうな氣勢がした。それは窕子にもわかつた。普通ならば、さうした風や雨や樹木の葉ずれや竹の葉のなびきに埋められて、とてもきこえる筈はない物
前へ
次へ
全213ページ中110ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング