受けて竝んで夜を更してゐると思ふと、ゐても立つてもゐられないやうな氣がした。
 であるから、そこで、その角で、その警衞が留るか否かといふことは窕子に取つては大きな問題だつた。かの女はじつとしてその時の來るのを待ち、またその時の過ぎるのを待つた。そして過ぎて了ふとかの女はがつかりした。後には呉葉と顏を合わせることがきまりわるくなり、それが昂じて、さう深く自分の身のことでもあるかのやうに案じて呉れることに一種の腹立たしさを感じて、ある時などは、『お前、もうそんなにハラハラ思はないでおいておくれよ、だつて、お前のことぢやなし、私のことなんだから。來たつて來なくたつて、一々そんなことを氣にしては生きてゐられはしないよ……。來たくなければ來なくつたつて、何もそんなに氣を揉むことはないよ』などと不機嫌に當り散らした。そのくせ、窕子は來ない日の續くのをいかにもさびしさうにたれこめてのみ暮すのだつた。
 それでも何うかすると、その警衞の行列がぴたりと留つて、鼻の大きいその含み聲の下司が、『お出ます、お出ます……』と言つてバタバタと入つて來た。
 しかし此頃では窕子の心はわるくすねるやうな形になつて行つてゐた。來て貰つて嬉しくないことはないのだけれども、それを無邪氣に面にあらはし喜ばしさうにするといふのは、何となく自分の心を卑くすることで、それでは女としての意地も張りも何もないやうな氣がして、わざとツンとしたやうな顏を見せることが多くなつた。さうでなければわるく素氣なく取扱つて一夜後向きになつてすゝりあげて見せたりなどした。
 さういふ夜でも窕子はいつか兼家の腕にまかれて、すゝり上げながらだらりと長い黒髮を屍でもあるやうに亂がましく下に垂らしたりなどした。
 朝になつて兼家は呉葉に言つた。
『何うも困る女だね』
『だつて、殿がおわるいのですもの……』
『それはさうだらうけれども、よく言つて置いて呉れ……。決して何うのかうのと言ふのではないのだから、此頃は少し忙しいのだから、それに、此間は物忌になつたりして、こもり勝ちに暮してゐたものだから……』
『でも、お忘れないやうに――近うお出下さるやうに――』
『わかつた! わかつた』
 他の女のことをあまり手ひどく嫉妬されるのはそれは好ましいことではなかつたけれども、しかしさうした女のヒステリカルな感情が、男に一種の興味を齎らすことには間違ひ
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