て答へた。
『あ、それは好かつた……。二年や三年ぢき立つて了ふ……。それは別れはつらかつたらうが、なアに、ぢき月日は立つて了ふよ。泣いたのか、それはもつともぢや』かう言つたが、窕子の出した父親の歌を一わたり讀んで見て、『やつぱりお前が心配になると見えるな!』
『白河の關はたうとう見ることが出來ませんでした』
『女子の身ではそれは無理だ……。何しろ遠いところだからな』
『女子だとて行かれないことは御座いませぬのに――』
『でも、よう留つて呉れた……。お父さんも心にかけて行かれたが、お前が留つてさへ呉れれば、何も案ずることはないな。な、呉葉』傍にかしこまつてゐる呉葉を振り返つて、『そなたも安心して呉れ! この身がついてゐさへすれば何も案ずることはない』
『忝なう……』
呉葉は頭を下げた。
そこにまた人が來た氣勢がしたと思ふと、今度は日の岡のところまで送つて行つた兄の攝津介が行縢のまゝで入つて來た。
殿の來てゐるのを見て、その姿のあまりに無作法なのに氣附いたといふやうに慌てゝあとに戻らうとした。すると、
『攝津介か、構はん、構はん……此方へ――』
かう兼家が言ふので、
『でも……』
『構はん、構はん、それにしても早う戻つて來たな。何處まで行つたのぢや……?』
『日の岡まで參りました』
『陵の此方のところか?』
『さやうでござります……』
『無事で立つて行かれたな?』
『勇んで立つて參りました。これも皆殿のお蔭だと申して、よろしく傳へて呉れと申殘して行きました……』
『それで、關まで見送つて行つたものもあるかな』
『父のもございましたが、それよりも殿! 介の女房になるものが何處までもおくると申して、壺裝束してついて行きましたが、あれなどはあはれでございました……。何でも、介になる男は、名高い好者で、女子なども澤山あるときいて居りましたが、あゝいふ熱心なものがあるとは思ひませんでした』
『それは面白いな』
兼家は莞爾笑つた。
『何でも、男の方ではこれを好い機會に女と離れるつもりらしいのです……。その女といふのがえらう嫉妬やきで、とても何うにもならないのぢやさうでございます。それに、女の方でも、三年も逢はずに別れてゐては、とても二人の仲が切れずにはゐまいといふので、それでその心を見せようといふのださうでございます。行けるところまでは行くと申してをりました。えらいことで
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