ら一所に帰らうぢやありませんか」
「さう願へりや、はア結構だす……」
 と背の低い方が答へた。
 又二三歩黙つて歩いた。
「それで君達の国は一体何処です?」
「私等の国ですか、私等の国は信州でがすが……」
「信州の何処《どこ》?」
「信州は長野の在でがすア」
「何時《いつ》東京《こつち》に来たのです」
「去年の十二月、来たんですが、山中《やまんなか》から、はア出て来たもんだで、為体《えてい》が分らないでえら困りやした」
「塩町の湯屋は親類ですか」
「親類ぢやありやしねえが、村の者で、昔村で貧乏した時分、私等の親が大層世話をした事がある男でさア。十年前に国元ア夜逃げする様にして逃げて来たゞが、今ぢやえら身代《しんだい》のう拵《こしら》へて、彼地処《あすこ》でア、まア好い方だつて言ふたが、人の運て言ふものは解らねえものだす」
 自分はこの時からこの二人に親しく為《な》つたので、段々話を為《し》て見ると、言ふに言はれぬ性質の好い処があつて、背の高い方は田舎者に似合はぬ才をも有《も》つて居るし、又背の低い方は自分と同じく漢詩を作る事を知つて居るので、一月もその同じ道を伴立《つれだ》つて帰る中《
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