文壇の笑い草の種となって、書く小説も文章も皆笑い声の中に没却されてしまった。それに、その容貌《ようぼう》が前にも言ったとおり、このうえもなく蛮《ばん》カラなので、いよいよそれが好いコントラストをなして、あの顔で、どうしてああだろう、打ち見たところは、いかな猛獣とでも闘《たたか》うというような風采と体格とを持っているのに……。これも造化の戯れの一つであろうという評判であった。
 ある時、友人間でその噂《うわさ》があった時、一人は言った。
 「どうも不思議だ。一種の病気かもしれんよ。先生のはただ、あくがれるというばかりなのだからね。美しいと思う、ただそれだけなのだ。我々なら、そういう時には、すぐ本能の力が首を出してきて、ただ、あくがれるくらいではどうしても満足ができんがね」
 「そうとも、生理的に、どこか陥落《ロスト》しているんじゃないかしらん」
 と言ったものがある。
 「生理的と言うよりも性質じゃないかしらん」
 「いや、僕はそうは思わん。先生、若い時分、あまりにほしいままなことをしたんじゃないかと思うね」
 「ほしいままとは?」
 「言わずともわかるじゃないか……。ひとりであまり身を
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