れたやうに見えた。
日野春と小淵沢の間で夕日に映つた赤い富士を見た時には、男の児は流石に驚いたやうな顔をして、窓から首を離さなかつた。しかし山や雪や谷や町や、さうしたものは、また稚いものゝ眼には余り多くの好奇心を惹かなかつた。男の児は矢張遠い母親のことを思つて居た。
火燵の上の板の上に、茶碗やお椀を並べて、私達はお雑煮の箸を取つた。父親は子供に気に入るやうな話を何彼として聞かせたが、いつかそれが大人に話すやうな調子になつて居た。
諏訪湖の縁を汽車の駛る間は、山と山の間から濃い碧の富士が見えた。塩尻駅に近いた頃には、日本アルプスの連山が或処は晴れ、或処は曇り、或処は吹雪に包まれたやうに見えた。停車場の前の旅籠屋の二階の一間には、午の暖かい日影が明るくさして、男の児の剥いた蜜柑の皮が火燵の周囲に二つ三つ散らばつて居た。
木曾の谷は雪が深かつた。石を載せた板家が其処にも此処にも見えた。長い氷柱の軒に下つて居るのを私は子供に指さして見せた。見ることの多い世の中考へることの多い世の中、それに初めて向つた男の児の心持が私には意味が深かつた。
解らない、しかし知り度い。
知りたい、しかし
前へ
次へ
全3ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング