は、此方《こちら》に来るまでは想像も出来ないことだつた。否、此方《こちら》に旅して来てからは、長い間かの女に逢ふことを目的にしてゐたにはゐたにしても、それが着々と進捗して、こつそりと誰にも知れずに、二つの心と二つの体がかういふ風に塞外のホテルの一室に相対しようとははつきりとは思つてゐなかつた。Bはまたしても椅子に身を凭《もた》らせて冥想的にならずにはゐられなかつた。
Bとかの女との関係、時子が何うしても此方《こちら》に来なければならなくなつた理由、今でもその世話になつてゐる人から時子が離れることは出来ないらしい物語――それは此処には言ふ必要はなかつたほどそれほどかれ等は相逢ふことを喜ばずにはゐられなかつたのである。その世話になつてゐる人の上から言へば、さうしたことはとても堪へられないことであつたらうけれども、罪であつたらうけれども、しかしかうしたパツシヨネイトな心と心とが相触れるといふことは何うすることも出来なくはないか。咎めたところで咎めきることは出来なくはないか。しかも、それも長い間ではなく、せい/″\四五日――それを通過しさへすれば、あとはいかに逢ひたくとも再び逢ふことが出来な
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