の人達のみが貰ふやうな高い旅費を呉れて、大切なお客様として随行員をつけて何処でも自動車で案内させると言つても、かれは決してそれを承諾しなかつたに相違なかつた。実はかれはかの女あるがために――あきも飽かれもせずに別れたかの女がハルピンにあるがためにのみ重い体を起して今度の旅行に上《のぼ》つて来たのであつた。赤ちやけた殺風景な山巒《さんらん》、寒い荒凉とした曠野、汚ない不潔な支那人の生活、不味《まづ》いしつこい支那料理、時には何うしてこんな不愉快な塞外《さいぐわい》の地にやつて来たらうと思ふやうなことも度々《たび/\》あつたが、しかしいつかは一度ハルピンに行つてかの女に逢へるといふことのためにのみ慰められて努力してやつて来たのであつた。Bは満韓の到るところをかの女と一緒に歩いたことを繰返した。何処に行つてもかれの身辺に、心に、かの女がついて廻つて歩いて行つてゐたことを繰返した。あるところでは、かの女に逢ふことのために勧められた美しい女を謝絶したことを繰返した。「先生は存外堅いんですね。僕は先生はさういふ方だとは思はなかつた。もつと解けた、色つぽい方だと思つてゐた。人といふものは見かけによら
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