握手するなり、思ふまゝに振舞はずにはゐられないだらうと思つたものであつたが――接吻なり何なりあらゆるパツシヨンネイトな表現を互ひに即座に現はさずにはゐられまいと思つてやつて来たものであつたが、しかも、いざ相対したとなつては、とてもそんなことの出来ないものであることをBは痛感した。沈黙――それが何よりの言葉だ。また何よりの深い情の表現だ。
女中は案内がすむとすぐ出て行つて了つた。
二人は尚ほ暫く黙つてゐたが、やがて女は涙を目に一杯ためて、二三滴膝の上に溢れ落ちるのをそのまゝにして――しかも強ひて笑つて、「だつてしようがないんですもの……御免なさい!」
「………………」
Bもつとめて涙を押へるやうにした。
「しようがないのね。意気地《いくぢ》がないのね。貴方、可笑しいでせう?」涙顔《るいがん》を拭きもせずそのまゝで笑つて、「だつて、三年の後《あと》でこんなところで御目にかゝつたんですものね。よく忘れずにゐて下すつたのね? 私がわるかつたのに――」
「……………………」
「さつきの電話で、貴方の声を聞いた時にはわく/\して了つたんですもの……。変だつたでせう?」
「それに、あの電話のわ
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