らないくらゐの会社員のKが雑誌を持つて坐つてゐた。
Kは雑誌を爪《つま》さぐりながら、頷《あご》で向うを指し示して、
「そこに立つてゐましたらう?」
「あ、女ですか?」
「さうです……あれは大連《たいれん》でも売《う》れ妓《こ》でしたんですがね?」
「御存じですか?」
「え、二三度……。何でも大きな油房《ゆばう》か何かを持つてゐる人の持ものだつてきいてゐましたがね? 何うして天津になんか行くんですかな?」
「もうあつちに行つたきりなんですか。何か用事でもあつて行くんぢやないんですか?」
「行つたきりださうです? さつきちよつときいたら、さう言つてゐました……」
「無論いろいろなことがあるんでせう?」
「割合に評判のわるくない妓《はう》でしたんですけど……矢張、あゝいふ人には、わるい虫がつきやすいですからな」
「何うもしやうがありませんな。矢張、女だつて、何うかしてひとりをしつかりつかまうとしますからな」
「本当ですよ。あゝいふ社会でも存外さうですな」
「浮気な稼業だけに猶ほさうですよ。そして、あの女にもさういふ虫がついてゐるんですか?」
「いやさういふわけぢやないでせうけども――私は
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