間を越えて來たことを思つた。
 彼等は其處此處で一緒になつた。かれ等は初めから多人数ではなかつたのである。今から一月前には、眇目の平公とその嚊と常公とが一緒に歩いてゐた。かれ等は晝間は普通の人間と少しも變らぬやうにして里に出て、さゝらや椀の木地や蜂の巣などを賣つた。『さゝら入りまへんか。』かう言つて、かれ等は農家の軒から軒へと歩いた。それは大抵山に添つたり谷に臨んだりしてゐるやうな村里で、それから一二里と隔てた町や都會へは、かれ等は滅多に出て行かなかつた。老人が留守を守つてゐる農家、鷄犬の聲の穩かにきこえる村落、賣るものがなくなるとかれ等は平氣で乞食になつた。時に馬鈴薯の一桶や甘藷の一包を盜むこと位はかれ等は何とも思つてゐなかつた。
『また、山窩奴が來やがつたんべ。』
 村の人達は、常に馴れて知つてゐるので、別に怪しみもしなかつた。
 鋸、鉈、鉋、小刀、小鋏、さういふものをかれ等は皆な一人々々持つてゐた。それも普通里で大工が使ふやうな大きなものではなく、屈折自由な、それでゐて切味の非常に鋭利なものであつた。かれ等は賣るものがなくなると、官林であらうが、民有林であらうが、さういふことには
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