も二人だと樂みで好いだ。この冬に、うんと好いのをさがして、早く祝儀をする方が好い。』かう言ふかと思ふと、『でも、この冬は俺は樂しみがねえな。嚊のない時分には、一年一度國に歸るのが、何より樂しみだつたものだがなア。』
『でも、皆なに逢へるから、樂みでねえこともあんめい。』
『それはさうだがな。』
一年一度の同種族の會合、そこに集つて來る大勢の人々、彼方此方から持つて來るめづらしい御馳走、あの時の宴會の歡樂は、言葉にも言ひ盡すことが出來なかつた。大勢の若い娘達、それを其の日其の夜は何處に伴れて行つても差支なかつた。樹間に幾つとなくかけられた桐油小屋、バケツの中に一杯滿された酒、年寄も若者も一緒になつて賑はしく歌を唄つて躍つた。
彼處に五日、此處に三日といふやうにして、かれ等は次第に國の方へと近づきつゝ放浪して行つた。峯から峯、谷から谷、林から林と移つて行くかれ等は、ある宿泊地で、最初に、三人づれの同種族と一緒になつた。
老いた婦に若夫婦、その若夫婦は今年二つになる子供をつれてゐた。その群を最初常公が發見した。
『何うも、あそこに桐油があるかしら?』
『何處に……』
『そら、あの山の陰の林の中に。』
『あれやさうかしら?』
若い平公の嚊は、かう言つて始めは本當にしなかつたが、漸くそれは同じ種族の群であるといふことがわかつた。で、此方からも行けば向うからも來た。その群は始め十五人で、一昨年、遠い會津の山奧から南部の方へと入つて行つたが、昨年はたうとう國に歸ることが出來ず、日光の奧で年を迎へて、それから、上州から信州の方へと段々出て來たといふことであつた。艱難も多かつたらしく、その中のある群とは、會津でわかれ、南部でわかれ、最後に上州でわかれた。『今年は何うしてもな、一度、國に歸るべい思つてな。』かうその老婦は話した。
老婦は一つの位牌を肌身離さずに持つてゐた。それは一昨年同じく國を出て、途中で死に別れた一人息子の位牌であつた。老婦は涙ながらにその話をした。『會津から南部に行く途中だつたけな。急に、病氣になつてな、吐くやら反すやら、里のお醫者にもかゝる間もなくて、つい、死んで行つて了つたがな。平生丈夫ぢやつたで、こんなことがあらうとは夢にも思はなかつたで、俺ア、一時氣拔けのやうになつて了つたゞ。それでも、皆なは氣の毒だと言うて、えらく力になつて呉れしやつた。』かう言
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