度のことなどがぱっとしますと、非常に困る場合もあるです……。で、私は、貴方の仰《おっ》しゃる通り、出来得べくば、男を元の京都に帰して、此処《ここ》一二年、娘は猶《なお》お世話になりたいと存じておりますじゃが……」
「それが好いですな」
 と時雄は言った。
 二人の間柄に就いての談話も一二あった。時雄は京都|嵯峨《さが》の事情、その以後の経過を話し、二人の間には神聖の霊の恋のみ成立っていて、汚《きたな》い関係は無いであろうと言った。父親はそれを聴いて点頭《うなず》きはしたが、「でもまア、その方の関係もあるものとして見なければなりますまい」と言った。
 父親の胸には今更娘に就いての悔恨の情が多かった。田舎《いなか》ものの虚栄心の為めに神戸女学院のような、ハイカラな学校に入れて、その寄宿舎生活を行わせたことや、娘の切なる希望を容《い》れて小説を学ぶべく東京に出したことや、多病の為めに言うがままにして余り検束を加えなかったことや、いろいろなことが簇々《むらむら》と胸に浮んだ。
 一時間後にはわざわざ迎いに遣った田中がこの室に来ていた。芳子もその傍《そば》に庇髪《ひさしがみ》を俛《た》れて談話を
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