行く、あとは東京で衣食の職業が見附かるかどうかという意味、京都田中としてあった。時雄は胸を轟《とどろ》かした。平和は一時にして破れた。
晩餐《ばんさん》後、芳子はその事を問われたのである。
芳子は困ったという風で、「先生、本当に困って了《しま》ったんですの。田中が東京に出て来ると云うのですもの、私は二度、三度まで止めて遣ったんですけれど、何だか、宗教に従事して、虚偽に生活してることが、今度の動機で、すっかり厭《いや》になって了ったとか何とかで、どうしても東京に出て来るッて言うんですよ」
「東京に来て、何をするつもりなんだ?」
「文学を遣りたいと――」
「文学? 文学ッて、何だ。小説を書こうと言うのか」
「え、そうでしょう……」
「馬鹿な!」
と時雄は一|喝《かつ》した。
「本当に困って了うんですの」
「貴嬢《あなた》はそんなことを勧めたんじゃないか」
「いいえ」と烈しく首を振って、「私はそんなこと……私は今の場合困るから、せめて同志社だけでも卒業してくれッて、この間初めに申して来た時に達《た》って止めて遣ったんですけれど……もうすっかり独断でそうして了ったんですッて。今更取かえし
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