間柄としては余りに親密であった。この二人の様子を観察したある第三者の女の一人が妻に向って、「芳子さんが来てから時雄さんの様子はまるで変りましたよ。二人で話しているところを見ると、魂は二人ともあくがれ渡っているようで、それは本当に油断がなりませんよ」と言った。他《はた》から見れば、無論そう見えたに相違なかった。けれど二人は果してそう親密であったか、どうか。
若い女のうかれ勝な心、うかれるかと思えばすぐ沈む。些細《ささい》なことにも胸を動かし、つまらぬことにも心を痛める。恋でもない、恋でなくも無いというようなやさしい態度、時雄は絶えず思い惑った。道義の力、習俗の力、機会一度至ればこれを破るのは帛《きぬ》を裂くよりも容易だ。唯《ただ》、容易に来《きた》らぬはこれを破るに至る機会である。
この機会がこの一年の間に尠《すくな》くとも二度近寄ったと時雄は自分だけで思った。一度は芳子が厚い封書を寄せて、自分の不束《ふつつか》なこと、先生の高恩に報ゆることが出来ぬから自分は故郷に帰って農夫の妻になって田舎《いなか》に埋れて了《しま》おうということを涙交りに書いた時、一度は或る夜芳子が一人で留守番を
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