で喧《やかま》しい。時雄の書斎にある西洋本箱を小さくしたような本箱が一閑張《いっかんばり》の机の傍にあって、その上には鏡と、紅皿《べにざら》と、白粉《おしろい》の罎《びん》と、今一つシュウソカリの入った大きな罎がある。これは神経過敏で、頭脳《あたま》が痛くって為方《しかた》が無い時に飲むのだという。本箱には紅葉《こうよう》全集、近松|世話浄瑠璃《せわじょうるり》、英語の教科書、ことに新しく買ったツルゲネーフ全集が際立って目に附く。で、未来の閨秀《けいしゅう》作家は学校から帰って来ると、机に向って文を書くというよりは、寧《むし》ろ多く手紙を書くので、男の友達も随分多い。男文字の手紙も随分来る。中にも高等師範の学生に一人、早稲田《わせだ》大学の学生に一人、それが時々遊びに来たことがあったそうだ。
麹町土手三番町の一角には、女学生もそうハイカラなのが沢山居ない。それに、市ヶ谷見附の彼方《あちら》には時雄の妻君の里の家があるのだが、この附近は殊に昔風の商家の娘が多い。で、尠《すくな》くとも芳子の神戸仕込のハイカラはあたりの人の目を聳《そばだ》たしめた。時雄は姉の言葉として、妻から常に次のよう
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