だ。脚気衝心の恐ろしいことを自覚してかれは戦慄した。どうしても免れることができぬのかと思った。と、いても立ってもいられなくなって、体がしびれて脚がすくんだ――おいおい泣きながら歩く。
野は平和である。赤い大きい日は地平線上に落ちんとして、空は半ば金色半ば暗碧色《あんへきしょく》になっている。金色《こんじき》の鳥の翼のような雲が一片《ひとひら》動いていく。高粱の影は影と蔽い重なって、荒涼たる野には秋風が渡った。遼陽《りょうよう》方面の砲声も今まで盛んに聞こえていたが、いつか全くとだえてしまった。
二人連れの上等兵が追い越した。
すれ違って、五、六間先に出たが、ひとりが戻ってきた。
「おい、君、どうした?」
かれは気がついた。声を挙げて泣いて歩いていたのが気恥ずかしかった。
「おい、君?」
再び声はかかった。
「脚気なもんですから」
「脚気?」
「はア」
「それは困るだろう。よほど悪いのか」
「苦しいです」
「それア困ったナ、脚気では衝心でもすると大変だ。どこまで行くんだ」
「隊が鞍山站《あんざんたん》の向こうにいるだろうと思うんです」
「だって、今日そこまで行けはせん」
「はア」
「まア、新台子まで行くさ。そこに兵站部があるから行って医師に見てもらうさ」
「まだ遠いですか?」
「もうすぐそこだ。それ向こうに丘が見えるだろう。丘の手前に鉄道線路があるだろう。そこに国旗が立っている、あれが新台子の兵站部だ」
「そこに医師がいるでしょうか」
「軍医が一人いる」
蘇生《そせい》したような気がする。
で、二人に跟《つ》いて歩いた。二人は気の毒がって、銃と背嚢《はいのう》とを持ってくれた。
二人は前に立って話しながら行く。遼陽の今日の戦争の話である。
「様子はわからんかナ」
「まだやってるんだろう。煙台で聞いたが、敵は遼陽の一里手前で一支《ひとささ》えしているそうだ。なんでも首山堡《しゅざんぽ》とか言った」
「後備がたくさん行くナ」
「兵が足りんのだ。敵の防禦《ぼうぎょ》陣地はすばらしいものだそうだ」
「大きな戦争になりそうだナ」
「一日砲声がしたからナ」
「勝てるかしらん」
「負けちゃ大変だ」
「第一軍も出たんだろうナ」
「もちろんさ」
「ひとつうまく背後を断《た》ってやりたい」
「今度はきっとうまくやるよ
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