時でも芸術ということを忘れてはいなかった。Socialist を承認してはいたが、それは芸術上の Socialist であった。勇吉は間もなく郡視学に喚ばれたり警察に呼ばれたりした。休職――こうして唯一の生活法であったかれの職業はかれから永久に奪われて行った。
 その時、妻は今の女の児を懐妊していた。「貴方は本当に、そんなんなんですか。なら、私、今からでも出て行く。怖い、死ぬのが怖い。」妻すらこう言って、勇吉の体をさがすようにした。「そうでないなら、そうって、ちゃんと申訳が出来そうなもんですね……。そんなわからないことはお上だってなさる筈がないんですがね……。」などと言った。海岸の小さな小屋みないな家で、ぶるぶる慄えながら寒い寒い一冬を過したことを勇吉は思い出してゾッとした。其処では刑事が時々様子を見にやって来た。黙って一時間も坐っていることなどもあった。その度毎に、勇吉は弁解したが、それは何の役にも立たなかった。「でも、こうやって来るのが私共の職務だから。」などと刑事は笑いながら言った。勇吉はその友達から来た手紙をすっかり出して見せたり、国の新聞に載せた歌の意味を解るように解釈して聞
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