がっかりした。
 刑事も其後度々やって来たという妻の話であった。何うかすると、夜などこっそり様子を見に来るものもあるらしく勇吉には思われた。職業の方もさがす気が出なくなって了った。Socialist という嫌疑がかかっているということが知れては何処でもつかって呉れる処はありそうに思われなかった。望みをかけて来た小学校教員の方は殊にそうであった。教員になろうとするには、黙って隠して置いたところで、本籍から屹度通牒[#「牒」は底本では「爿+牒のつくり」]して来るに違いなかった。二度目に暦を持って博士をたずねた時に、思い切ってその話をすると、「困るねえ、それは――。何うかしてその嫌疑を解いて貰わなければ、本当に何にも出来やしないよ。困ったことになっているんだねえ。」こう博士は言って、矢張勇吉の体中をさがすように見た。俄かに博士の態度が変って行ったように――そういう嫌疑を持っている人間に邸に出入されては困るというように思っているらしく勇吉には邪推された。
 勇吉はいても立ってもいられないような気がした。
「貯金はすぐなくなって了うし……。」
 勇吉は絶えずこう思って、例の鉛筆で計算をやって見た
前へ 次へ
全38ページ中37ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング