が出るんですな、これは面白い。」刑事はこう言ってまた今年の処を廻して見た。
「一つ差上げましょう。」
「そうですか。」といって、「イヤ何アに、買いますよ。」
 勇吉が呉々も頼むと、「私は疑っても何もいやしないですけれどもな、職務ですからな、しかし長い中には、段々様子を見て、帳面を消すことになっているんですから……私の方だって用の少い方が好いんだから。」後には刑事も打解けてこんなことを言った。

     七

 暦を五、六枚持って、市中の雑誌店や何かを勇吉が廻って歩いたのはもう年の暮も押詰った二十五六日であった。市中は賑かに派手な粧飾などをして、夜は電気が昼のように街頭を照した。車や自動車が威勢よく通って行ったりした。
 何処の雑誌店でも、相手にしないような家が多かった。仕かけを説明してきかせても、容易に飲み込めないような人ばかりであった。「まア、なんなら二三枚置いて行って御覧なさい。」こう言って呉れる家は中でも深切な好い方であった。ある店では、「暦はもう遅いですよ。もう大抵何処の宅だって買って了いましたからな……もうちっと早ければ売りようもあったでしょうけれども、こう押詰っちゃ駄目で
前へ 次へ
全38ページ中35ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
田山 花袋 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング