を見て歩いている勇吉には、その災害の甚しいのが一層明かに眼に映った。ある村などでは、殆ど全く無収穫というような悲惨な状態に落ちているのを勇吉は見た。丘に添った村はひっそりとして煙の立っている家などはないという位であった。いつも威勢よく鈴の音をさせて山を越えたり野を越えたりして停車場の方へ行く駄馬の群にも滅多には出会わなかった。何処の村も皆なひっそりとしていた。
 勇吉は非常に大きな打撃を受けた。百姓の事業の方も無論そうだが、それよりも一層困ったのは、薬のぱったり売れなくなったということであった。病人は却っていつもより多いのだけれど、何処の家でも薬などは買わなかった。大抵は富山から来る置き薬で間に合せた。
「薬屋さん、気の毒だけど……この凶作じゃ薬も買って飲めねえや。」
 こう到る処で勇吉は言われた。
 勇吉は思い雑嚢を肩からかけてそして遠い旅から帰って来た。
「駄目だ、駄目だ。」
 こう言って、小さな自分の家に入って行った。六畳一間に、その奥に小さい二畳があるばかりであった。十月の末はもう寒かった。雪も二、三度やって来た。ブリキの暖炉の中には薪が燻って、煙が薄暗い室の中に一杯に満ちてい
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