ふSTといふ家でも、その分家の分家が僅かに小さく残つてゐるばかりで、古い苔蒸した無数の墓の外《ほか》にはその昔の何事をも語らなかつた。唯、雲雀《ひばり》が高く囀《さへづ》つて空に上つた。
 今から数年前であつた。ある夏の日の晴れた午後の日影を受けて、此処等にはつひぞ見たことのない新しいパナマ帽を冠つた、絽《ろ》の紋付の羽織にちやんと袴《はかま》を着けたハイカラの若い綺麗な紳士が、銀の環《わ》の光つたステッキをつきながら、村長につれられて夥《おびたゞ》しく荒廃したその無住の寺の山門へと入つて来た。
 こんな会話を二人はした。
「えらく荒れてますな!」
「どうも……好い住職がないもんですから……それに、もとの住職が寺の借金を沢山《たくさん》残して行つたもんですから……」
「もう、長くゐないのですか、住職は?」
「八九年になります。」
 村長は丁寧な言葉で深く尊敬するやうにして話した。
 紳士は庇《ひさし》の落ち、軒の傾き、壁の崩れてゐる本堂の中に下駄のまゝ上つて行つたり、留守居の男の淋しさうに住んでゐる古い庫裡《くり》の方へ行つて見たりした。奥の苔の蒸した五輪形の墓の前に行つた時には、紳士
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