。
この作は、『蒲団《ふとん》』などよりも以前に構想したものであるが、『生』を書いてしまい『妻』を書いてしまってもまだ筆をとる気になれない。材料がだんだん古く黴《かび》が生えていくような気がする。それに、新しい思潮が横溢して来たその時では、その作の基調がロマンチックでセンチメンタルにかたよりすぎている。『生』『妻』と段々調子が低く甘くなっていっているのに、またこのセンチメンタルな作では、どうもあきたらないというような気がする。また、それでぐずぐずしているうちに一年二年は経った。
しかし、日記を繙《ひもと》いて見ると、どうしても書かずにはいられない。そこには一期前の現代の青年の悲劇がありありと指すごとく見えている。で、そんな世間的のことは考えずに書こう。ロマンチックであろうが、センチメンタルであろうが、新しい思潮に触れていまいが、そんなことは考えずに書こう。こう決心して、それからK氏――小林君の親友のK氏を大塚に訪問し、手紙を二三通借りて来たりして、やがて行田に行って、石島君を訪ねた。
石島君は忙しい身であるにかかわらず、私にいろいろな事を示してくれた。士族屋敷にも行けば、かれの住
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