の晴衣の袖をこんなに汚点だらけにしてさ」
母様はお須美の小袖を畳みながら言ふのでした。母様はおつ母様である。おつ母様はお須美の様な若い娘ではないのである。母様も曾ては若い娘であつた。しかし若い娘の頃の事は忘れてしまつてゐらつしやる。それだもの若い娘の心持がおわかりになる筈はなかつた。ましてお須美が人知れぬ泪を袖にこぼした事を御存じの筈がない。泪とさへいへば悲しく流れるとばかり、世間では思つてゐらつしやらうが、少女達の夢の国では、嬉しいにつけ、かなしいにつけ、くやしいにつけ、なつかしいにつけ、わけもなくこぼれるのです。
どうしたといふの? といふ母様の問に、何故ならば、と答へられることはない。お須美は、黙つて微笑んでゐた。
「何がをかしいの」
何がをかしいのでもない。そんな時に、黙つて微笑んでゐることが夢の国を、より美しく、より楽しいものにする掟であつた。微笑ほど安全な答がどこにあらう。さうする事によつて、夢の国は少しも犯されず、知らずにただうら若い少女だけが、永遠に占領することが出来るのであつた。
「あなたは幾歳《いくつ》だと御思ひだえ?」
御立腹なさつて母様はさうおききになる
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