博多人形
竹久夢二

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)お磯《いそ》は

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
−−

 お磯《いそ》は、可愛《かあ》い博多人形を持っていました。その人形は、黒い眼《め》と薔薇色《ばらいろ》の頬《ほお》を持った、それはそれは可愛《かあい》らしい人形でありましたから、お磯はどの人形よりも可愛がっていました。どこへゆく時にも傍《そば》をはなしませんでした。夜寝る時でさえ、そっと傍へ寝かしてやるほどでした。
 ある日お磯は、牧場へ茅花《つばな》を摘みにゆきました。やはりいつものように右の手には御気に入りの人形が抱っこされていました。
[#ここから2字下げ]
……つうばな つうばな
[#ここから4字下げ]
一枝折っては帯にさし
二枝折っては髪にさし……
[#ここで字下げ終わり]
 茅花が、両手に一ぱいになったとき、お磯は人形に言うのでした。
「あなたは好《い》い児《こ》ね。あたしは、お手手が、こんなに一ぱいなんでしょう。ほうら、だからここへねんねして待ってて頂戴《ちょうだい》な。かあさんすぐ来ますからね。いいこと」
 お磯《いそ》は、人形を草の上に寝かしました。柔かい青い草は、ほんとに気持のよい寝床でした。
[#ここから2字下げ]
……三枝がさきに日が暮れて
[#ここから4字下げ]
かみの庄屋《しょうや》が泊ろうか
なかの庄屋で宿とろか
しもの庄屋へ泊ったら……
[#ここで字下げ終わり]
 お磯は、そう歌いながら茅花《つばな》を摘んでいるうちに、いつか太陽がおちて、そのあたりが薄暗くなって来ました。お磯はびっくりして人形を寝かしておいた所へ来ましたが、どこもかも草だらけで、どこへ人形をおいたやら、探しても見つかりません。
「あたしの坊やどこにいる?」
 いくら呼んでも返事がありません。そのうちに太陽は、ずんずん、お山の向うへ帰ってしまいました。
「まあここにいたの、磯ちゃん、さ帰りましょう」お家《うち》から姉さんが、呼びにきたのでした。
「だって、あたしのお人形が見えないんですもの」
 お磯はそう言って、姉さんと一緒に探しましたけれど、矢張人形は見つかりませんでした。
「あしたまた姉さんと探しにきましょうね。そしたらお日さまが手伝って探して下さるわ。ね」
 姉さんにそう言われて、お磯もあきらめて、お家の方へ帰りました。
「もしか、お人形が、人買《ひとかい》に連れてゆかれたらどうしましょう。それともお化《ばけ》が出てきて食べないかしら」
 お磯はそれが心配でした。
 けれど、人買もお化も連れてゆきませんでした。長い草は微風《そよかぜ》にふかれながらも、人形を誰《だれ》からも見えないように、上手にかくしてくれました。だから人形は、日がくれてもじっとそこに寝ていました。
 日が暮れると、一番に出る青い星が、森の上へ出てぴかぴか光りました。
[#ここから2字下げ]
……お星さん お星さん
[#ここから4字下げ]
ひとつぼしで出ぬもんじゃ
千も万も出るもんじゃ
[#ここで字下げ終わり]
 遠くの方で男の児《こ》の歌う声がしました。人形は、もしや私を連れに来るのかと、眼《め》をぱっちりあけていましたが、歌の声も遠くへいってしまいました。
「どうなることだろう」
 人形はもう泣き出しそうになりました。
[#ここから2字下げ]
……リイリイリイ……
[#ここで字下げ終わり]
 近くの草のなかで、鈴虫が鳴きだしました。人形は大喜びで、
「鈴虫さん、あたしをお嬢さんのとこへ連れていって頂戴《ちょうだい》な」
 とたのみました。
「おや、お人形さん。あなたおいてけぼりになったの。でも、あたしお嬢さんのお家《うち》を知りませんよ、リイリイリイ」と言ってどこかへ飛んで行きました。
[#ここから2字下げ]
……クララ クララ……
[#ここで字下げ終わり]
 川の淵《ふち》で蛙《かえる》がなきました。人形は、また蛙を呼びかけました。
「蛙さん、まだ夜はあけないの」
「おいらは知らないね。お日様が出たらきいて見な。クララクララ」蛙は、つっけんどんにそう言って、ずぼんと川の中へ飛込みました。
 人形は泣きながら、さみしい夜の明けるのを待っていました。
 やっと夜が明けて、近くでチョキンチョキンと鋏《はさみ》の音がしました。それは牧場の番人が草を刈りに来たのでした。
「おじさん、あたしのお人形を見なかって?」
 そう言っているのは、お嬢さんの声だと、人形はおもいました。
「さあ、わしはまだ見ないが」
 番人はそう言ってだんだん人形の近くまで刈ってきました。
「はやく刈って頂戴ね。おじさん」
 お嬢さんも、人形も気が気ではありません。そのうちに、昨夜《ゆうべ》人形を隠してくれた長い草のとこまでくると、ひょっくり人形が出てきました。
「そうら、いたいた」
 番人が言いました。
「まあ! あたしの坊や!」
 お磯《いそ》は、可哀《かあい》そうな人形を抱きあげて、頬《ほお》ずりして喜びました。



底本:「童話集 春」小学館文庫、小学館
   2004(平成16)年8月1日初版第1刷発行
底本の親本:「童話 春」研究社
   1926(大正15)年12月
入力:noir
校正:noriko saito
2006年7月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
終わり
全1ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
竹久 夢二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング