ましたが、帯地の安いことは留吉には用のないことでした。それよりも、今夜留吉はどこへ寝たら好《い》いだろうと考えました。
 留吉は、小学校時代の友達で、村長の次男がいま都に住んで好《よ》い位置を得てくらしていることを思出《おもいだ》しました。
 卒業試験の時、算術の問題を彼に教えてやったことがあるから、訪ねてゆけば、彼もあの時の友情を思出すに違いない。留吉は、昔|馴染《なじみ》の友達の住所をやっと思出しました。
 そこは山の手の高台で、門のある家がずらりと並んでいるのでした。
 二十四番地、都は掛値をする所だから、なんでも半分に値切って、十二番地、だなんて、村で物識《ものしり》の老人がいつか話してくれたのを思い出したが、まさかそれは話だと、留吉は考えました。
 さて、二十四番地はどこだろう。
 細っこい白い木柵《もくさく》に、紅《あか》い薔薇《ばら》をからませた門がありました。石を畳みあげてそのうえにガラスを植えつけた塀がありました。またある所には、まるで西洋菓子のようにべたべたいろんな色のついた、ちょっと食べて見たいような西洋風な家もありました。紅い丸屋根をもった、窓掛の桃色の、お伽噺《とぎばなし》の子供の家のような家もありました。
 二十四番地! さあここだぞ。今田時雄《いまだときお》、ああこれだ、これが昔の友達、時公《ときこう》の家だ。白い石の柱が左右に立って、鉄の飾格子《かざりごうし》の扉《ドア》のような門がそれでした。まるで郡役所のような門だなと、留吉《とめきち》は考えました。
 門からずっと玄関まで石を敷きつめて、両側に造花《つくりばな》のような舶来花を咲かせてありました。
「時公《ときこう》もエラクなったもんだな、算術なんかあんな下手糞《へたくそ》でも、都へ出るとエラクなれるものだな」留吉は、昔の友達の門をはいって、玄関の方へずんずん歩いてゆきました。
 すると、なんだか変てこな心持が、留吉の心をいやに重くしはじめました。変だぞ、留吉は生れてはじめて、こんな厄介な気持を経験したので、自分にははっきり解《わか》らないが、留吉はすこし気まりがわるくなったのです。それはたいへん留吉を不愉快にしました。
「時公におれは竹馬を作ってやったこともあるんだ。あいつはその事もまだ覚えているだろう」
 この考《かんがえ》は、留吉をたいへん気安くして、元気よく玄関の前まで、
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