来た南風《なんぷう》は、窓の所へ来て言いました。
「私はこの坊ちゃんをよく知ってますよ。昨日野原で坊ちゃんの凧《たこ》を揚げたのは私だもの。窓から這入《はい》って坊ちゃんの頬《ほっ》ぺたへキッスをして起そう」
南風は、窓からカーテンをあげて子供の寝室へそっと這入っていった。そして太郎《たろう》さんの紅《あか》い実のような頬や、若い草のような髪の毛をそよそよと吹いた。けれど子供は、何も知らぬほど深く眠っていました。
「坊ちゃんは私が夜の明けたのを知らせるのを待ってらっしゃるんだ」
庭の隅の鳥小屋からのっそのっそ自信のあるらしい歩調で出て来た牝鶏[#「牝鶏」は底本では「牡鶏」]《めんどり》が言いました。
「誰《だれ》も私ほど坊ちゃんを知ってる者はありませんよ。私ゃね、これで坊ちゃんに大変|御贔屓《ごひいき》になってるんでさあ。どりゃひとつ夜明《よあけ》の唄《うた》を歌おう」
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こっけこっけあどう。
東の山から夜が明けた
お眼《め》がさめたら何処《どこ》いきやる。
大阪天満の橋の下
千石船に帆をあげて。
こっけ、こっけ、あどう。
[#ここで字下げ終わり]
牝鶏の朝
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