桜さく島
春のかはたれ
竹久夢二

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)隅田川《すみだがは》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)御|籤《くじ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「まいらせそろ」の草書体文字、コマ22−左−4]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)とん/\とんとつく手鞠
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
−−

[#ここから罫囲み、手書き文字]
暮れゆく春のかなしさは
歌ふをきけや爪弾の
「おもひきれとは死ねとの謎か
死ぬりや野山の土となる」
[#ここで罫囲み、手書き文字終わり]
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 隅田川《すみだがは》

「春信《はるのぶ》」の
女《をんな》の髪《かみ》をすべりたる
黄楊《つげ》の小櫛《おぐし》か
月《つき》の影《かげ》。
「どうせ売《う》られる身《み》ぢやほどに
静《しづ》かに漕《こぎ》やれ 勘太殿《かんたどの》」
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 人買《ひとかひ》

秋《あき》の日《ひ》は
赤《あか》い蜻蛉《とんぼ》のかはたれに
塀《へい》の蔭《かげ》から青頭巾《あをづきん》。

やれ人買《ひとかひ》ぢや、人買《ひとかひ》ぢや
何処《どこ》へ迯《に》げようぞ、隠《かく》れようぞ。
赤《あか》い蜻蛉《とんぼ》が飛《と》びまわる。
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 御|籤《くじ》

思《おも》ひあまりて御籤《みくじ》を引《ひ》けば
なんとせうぞの凶《けふ》と出《で》る。
いつそ打明《うちあ》け話《はな》さうか
ひとりで泣《な》いて済《すま》さうか。
えヽなんとせう川柳《かはやなぎ》。
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 雀《すヾめ》の子《こ》

トコ ドンドコ ピイ ヒヤラヒヤア
麦《むぎ》の上《うへ》をば風《かぜ》が吹《ふ》く。

役者《やくしや》の群《むれ》にはぐれたる
子供心《こどもごヽろ》のはかなさは
……うちの浦《うら》のちさの木《き》に
  雀《すヾめ》が三|羽《ば》とうまつて
  一|羽《は》の雀《すヾめ》がいふことにや
  ゆふべ御座《ござ》つた花嫁御《はなよめご》
  何《なに》が悲《かな》しゆてお泣《な》きやるぞ
  お泣《な》きやるぞ………………
今《いま》のわが身《み》につまされて
ほろりほろりと泣《な》いてゆく。
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 白《しろ》い薬《くすり》

黄《きい》な袋《ふくろ》のセメンエン
熱《ねつ》ある舌《した》にしみる時《とき》。
暗《くら》い空《そら》から雪《ゆき》が降《ふ》る。

炬燵《こたつ》の上《うへ》の黒猫《くろねこ》の
青《あを》い瞳《みとみ》の光《ひか》る時《とき》。
柩《ひつぎ》の屋根《やね》へ雨《あめ》が降《ふ》る。
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 街《まち》の五月《ごぐわつ》

 ……チン ツン くどけば なぁびく
   チツツン ツントン 相生《あひおひ》の松《まあつ》……

口三味線《くちさみせん》の足拍子《あしびやうし》
空気草履《くうきざうり》の柔《やわら》かさ。
肩《かた》のうへでは花色《はないろ》の
日傘《ひがさ》がまわる絵《ゑ》がまわる。

 ……またいついつもの約束《やくそく》の チンツン
   日《ひ》をまつ 時《とき》まつ 暮《くれ》をまあつ……
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 越後《ゑちご》の山《やま》

角兵衛獅子《かくべいじヽ》の悲《かな》しさは
親《おや》が太鼓《たいこ》打《う》ちや、子《こ》が踊《おど》る。
股《また》の下《した》から峠《とうげ》を見《み》れば
もしや越後《ゑちご》の山《やま》かと思《おも》ひ
泣《な》いてたもれなとも/″\に。

角兵衛獅子《かくべいじし》の身《み》の辛《つら》さ
輪廻《りんね》はめぐる小車《おぐるま》の
蜻蛉《とんぼ》がへりの日《ひ》も暮《く》れて
旅籠《やど》をとるにも銭《ぜに》はなし
逢《あひ》の土山《つちやま》雨《あめ》が降《ふ》る。
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 夏《なつ》のかはたれ

  一《ひ》や
  二《ふ》や
  お駒《こま》さん。
  煙草《たばこ》の けむりは
  丈八《ぢやうは》つあん…………
とん/\とんとつく手鞠《てまり》。
白《しろ》い指《ゆび》からはなれて見《み》れど
未練《みれん》が残《のこ》るといつたよに
やるせないよに往来《ゆきき》する。
ゆら/\ゆれる伊達帯《だておび》から
江戸紫《えどむらさき》の日《ひ》が暮《く》れる。
  三《み》や
  四《よ》や
  夕霧《ゆふぎり》さん………
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 夢《ゆめ》

春《はる》の夜《よ》の、夢《ゆめ》の一《ひと》つはかくなりき。
丹塗《にぬり》の欄《らん》の長廊《わたどの》に
散《ち》りくる花《はな》を舞扇《まひあほぎ》
うけて笑《ゑ》みたる「歌麿《うたまろ》の
女《をんな》」の青《あを》き眉《まゆ》を見《み》き。

冬《ふゆ》の夜《よ》の、夢《ゆめ》一《ひと》つはかくなりき。
黒《くろ》き頭巾《づきん》を被《かぶ》りたる
人買《ひとがひ》の背《せ》に泣《な》いじやくり
山《やま》の岬《みさき》をまわる時《とき》、
「廣重《ひろしげ》の海《うみ》」ちらと見《み》き。
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 雪《ゆき》の降《ふ》る日

雪《ゆき》の降《ふ》る日《ひ》は、駒鳥《こまどり》[#ルビの「こまどり」は底本では「こま り」]の
紅《あか》い胸毛《むなげ》のおど/\と
風《かぜ》に吹《ふ》かれるやるせなさ。

雪《ゆき》の降《ふ》る日《ひ》に、小雀《こすヾめ》は
赤《あか》い木《こ》の実《み》が食《た》べたさに
そっと見《み》に出《で》るいぢらしさ。
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 揺籃《えうらん》の記臆《きおく》

(ねんねしなされ。まだ日《ひ》は高《たか》い
暮《くれ》りやお寺《てら》の鐘《かね》がなぁる。)

村《むら》のはづれにちら/\するは
虫《むし》か蛍《ほたる》か人魂《ひとだま》か。
さうじやない/\。母《かヽ》さんの
点《つ》けさしやんした雪洞《ぼんぼり》が
風《かぜ》に吹《ふか》れてゐるわいな。

(ねんねしなされ。まだ夜《よ》は夜中《よなか》
明《あけ》りやお寺《てら》の鐘《かね》がなぁる。)

山《やま》のうへをばふわ/\飛《と》ぶは
鳥《とり》か獣《けもの》か三《み》ヶ|月《づき》か。
さうじやない/\。母《かヽ》さんの
小袖《こそで》に染《そ》めた牡丹《ぼたん》の花《はな》が
雨《あめ》に降《ふ》られてゐるわいな。
[#改ページ]

 文《ふみ》

雲《くも》に別《わか》れて野《の》に降《お》りし
雨《あめ》のこヽろのやるせなさ
思《おも》ひまゐらせ候《そろ》※[#「まいらせそろ」の草書体文字、コマ22−左−4]

空《そら》になげたる彩文《いろぶみ》は
森《もり》にかヽりし虹《にじ》かいな。
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 芝居《しばゐ》ごと

雪《ゆき》の降《ふ》る夜《よ》のかなしさに
姉《あね》の小袖《こそで》をそと被《か》つぎ
「……でんちうじや、はりひぢじや
島《しま》さん、紺《こん》さん、なかのりさん……」
踊《おど》りくたびれ「袖萩《そではぎ》」の
肩《かた》に小袖《こそで》をうちかけて
涙《なみだ》ながらの 芝居事《しばゐごと》
「寒《さむ》かろうとて着《き》せまする」

このまあつもる雪《ゆき》わいの。
[#改ページ]

 折鶴《をりづる》

行灯《あんど》のかげにとつおいつ
娘《むすめ》ごころの羞《はつか》しや
何《なん》と答《こたへ》もしら紙《かみ》の
膝《ひざ》のうへにて鶴《つる》を折《を》る。
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 青《あを》い窓《まど》

隣《となり》のとなさん、何処《どこ》へいた。
向《むか》ふのお山《やま》へ花摘《はなつ》みに
露草《つゆくさ》 つら/\月見草《つきみぐさ》。
  一|枝《えだ》折《お》れば、ぱっと散《ち》る
  二|枝《えだ》折《お》れば、ぱっと散《ち》る
  三|枝《えだ》がさきに日《ひ》が暮《く》れて

東《ひがし》の紺屋《こうや》へ宿《やど》とろか、
南《みなみ》の紺屋《こうや》へ宿《やど》とろか。
東《ひがし》の紺屋《こうや》は赤《あか》い窓《まど》、
南《みなみ》の紺屋《こうや》は青《あを》い窓《まど》。
  南《みなみ》の紺屋《こうや》へ宿《やど》とれば、
  夜着《よぎ》は短《みぢ》かし夜《よ》は長《なが》し。
  うつら/\とするうちに
  青《あを》い窓《まど》から夜《よ》があけた。



底本:「桜咲く島 春のかはたれ」洛陽堂
   1912(明治45)年2月24日発行
※近代デジタルライブラリー(http://kindai.ndl.go.jp/)で公開されている当該書籍画像に基づいて、作業しました。
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記を新字にあらためました。
※文中の「…」は底本では1文字あたり4点ないしは5点の点線ですが、文字の幅に合わせた「…」で代用しました。
※歴史的仮名遣いから外れたものも、底本通り入力しました。
※促音「っ」の小書きの混在は底本のままとしました。
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:土屋隆
校正:田中敬三
2005年8月22日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
終わり
全1ページ中1ページ目


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