桜さく島
見知らぬ世界
竹久夢二
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)路《みち》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)五十三|次《つぎ》の
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)青《あほ》[#ルビの「あほ」はママ]い
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ながく/\つヾいた
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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路《みち》
青《あを》い野原《のはら》のなかを、白《しろ》い路《みち》がながく/\つヾいた。
母《はヽ》とも姉《あね》とも乳母《うば》とも、いまはおぼえもない。
おぶさつたその女《をんな》が泣《な》くので、私《わたし》もさそはれてわけはしらずに、ほろ/\泣《な》いてゐた。
女《をんな》の肩《かた》に頬《ほヽ》をよせると、キモノの花模様《はなもやう》が涙《なみだ》のなかに咲《さ》いたり蕾《つぼ》んだりした、白《しろ》い花片《はなびら》が芝居《しばゐ》の雪《ゆき》のやうに青《あほ》い空《そら》へちら/\と光《ひか》つては消《き》えしました。
黄楊《つげ》のさし櫛《ぐし》がおちたのかと思《おも》つたら、それは三ヶ月《みかづき》だつた。
黒髪《くろかみ》のかげの根付《ねづけ》の珠《たま》は、空《そら》へとんでいつては青《あを》く光《ひか》つた。
また赤《あか》い簪《かんざし》のふさは、ゆら/\とゆれるたんびに草原《くさはら》へおちては狐扇《きつねあふぎ》の花《はな》に化《ば》けた。
少年《せうねん》の不可思議《ふかしぎ》な夢《ゆめ》は、白《しろ》い路《みち》をはてしもなく辿《たど》つた。
[#改ページ]
死《し》
花道《はなみち》のうへにかざしたつくり桜《ざくら》の間《あひだ》から、涙《なみだ》ぐむだカンテラが数《かず》しれずかヾやいてゐた。はやしがすむのをきっかけに、あの世《よ》からひヾいてくるかとおもはれるやうなわびしい釣鐘《つりがね》の音《ね》がきこえる。
金《きん》の小鳥《ことり》のやうないたいけな姫君《ひめぎみ》は、百日鬘《ひやくにちかつら》の山賊《さんぞく》がふりかざした刃《やいば》の下《した》に手《て》をあはせて、絶《た》えいる声《こえ》にこの世《よ》の暇乞《いとまごひ》をするのであつた。
「南《な》 無《む》 阿《あ》 弥《み》 陀《だ》 仏《ぶつ》」
きらりと光《ひか》る金属《きんぞく》のもとに、黒髪《くろかみ》うつくしい襟足《えりあし》ががっくりとまへにうちのめつた。血汐《ちしほ》のしたヽる生首《なまくび》をひっさげた山賊《さんぞく》は、黒《くろ》い口《くち》をゆがめてから/\からと打笑《うちわら》つた。
あヽお姫様《ひいさま》は斬《き》られたのか。
それは少年《せうねん》のためには「死《し》の最初《さいしよ》の発見《はつけん》」であつた。
もう姫君《ひめぎみ》は死《し》んだのだ、死《し》んでしまへば、もうこの世《よ》で花《はな》も、鳥《とり》も、歌《うた》も、再《ふたヽ》びきくこともみることもできないのだ。
涙《なみだ》は少年《せうねん》の胸《むね》をこみあげこみあげ頬《ほ》をながれた。
「死顔《しにがほ》」も「黒《くろ》き笑《わらひ》も」泪《なみだ》にとけて、カンテラの光《ひかり》のなかへぎらぎらときえていつた、舞台《ぶたい》も桟敷《さじき》も金色《こんじき》の波《なみ》のなかにたヾよふた。
その時《とき》、黒装束《くろせうぞく》に覆面《ふくめん》した怪物《くわいぶつ》が澤村路之助丈えと染《そ》めぬいた幕《まく》の裏《うら》からあらはれいでヽ赤《あか》い毛布《けつと》をたれて、姫君《ひめぎみ》の死骸《しがい》をば金泥《きんでい》の襖《ふすま》[#ルビの「ふすま」は底本では「うすま」]のうらへと掃《は》いていつてしまつた。
死《し》んだのではない、死《し》んだのではない、あれは芝居《しばゐ》といふものだと母《はヽ》は泪《なみだ》をふいてくれた。
さうして少年《せうねん》のやぶれた心《こヽろ》はつくのはれたけれど、舞台《ぶたい》のうへで姫君《ひめぎみ》のきられたといふことは忘《わす》れられない記臆《きおく》であつた。また赤毛布《あかけつと》の裡《うら》をば、死《し》んだ姫君《ひめぎみ》が歩《ある》いたのも、不可思儀《ふかしぎ》な発見《はつけん》であつた。
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傀儡師《くわいらいし》
…………大阪《おほさか》をたちのいても、わたしが姿《すがた》眼《め》に
たてば、借行輿《かりかご》に日《ひ》をおくり………………
口三味線《くちさみせん》の浄瑠璃《じやうるり》が庭《には》の飛石《とびいし》づたひにちかづいてくるの
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