私《わたし》ははっと顔《かほ》をあげたのです。
お母様《かあさま》は、はしたない行《おこな》ひをおしつつむやうに
「草之助《さうのすけ》さんでござんしたか。ま、おほきくおなりやしたことわい、なんぼにおなりやんしたえ」
「十二です」
「まあそんなになりますかいなあ」と夢《ゆめ》みる眸《まなざし》をあげて「ようまあ、よつてくださんした」
思《おも》ひいつてこういはれた言葉《ことば》に、曾《かつ》ておもひもしらぬ感激《かんげき》をおぼえて、私はしみ/″\とよそのおばさんをみました。歯《は》を黒《くろ》くそめて眉《まゆ》の青《あほ》い人《ひと》で、その眼《め》には泪《なみだ》があつた。
縁側《えんがは》で南天《なんてん》の実《み》をみてゐたら、おばさんはうしろから私《わたし》の肩《かた》を袖《そで》で抱《だ》いて
「おばあさんもおたつしやですかえ」
ときかれた。
千|代紙《よがみ》や江戸絵《えどゑ》をお土産《みやげ》にもらつて、明《あく》る日《ひ》、村《むら》へかへつてきました。
祭《まつり》の日《ひ》が暮《く》れて友達《ともだち》のうちへ泊《とま》つた一分始終《いちぶしヾう》を祖母《ばヾ》に話《はな》してきかせました。すると、祖母《ばヾ》は眼《め》をみはつて、そのかたは父《ちヽ》の最初《まへ》の「つれあひ」だつたと驚《おどろ》かれました。
この日《ひ》から、少年《せいねん》のちいさい胸《むね》には大《おほ》きな黒《くろ》い塊《かたまり》がおかれました。妬《ねた》ましさににて嬉《うれし》く、悲《かな》しさににて懐《なつか》しい物思《ものおもひ》をおぼえそめたのです。蔵《くら》のまへのサボテンのかげにかくれては私《わたし》とおなしに眼《め》のわきに黒子《ほくろ》のある、なつかしいその人《ひと》のことを、人しれず思《おも》ひやるならはせとなつたのです。ですが私《わたし》は、その人《ひと》が私《わたし》の「生《う》みの母《はヽ》」であるといふことをたしかめるのを恐《おそ》れました。やつぱりよそのおばさんです。私は、さう思つてゐねばなりませんでした。
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窓《まど》のムスメ
中窓《ちうまど》の欄干《てすり》にもたれて雨《あま》だれをみてゐるムスメがあつた。
肩揚《かたあげ》のある羽織《はおり》には、椿《つばき》の模様《もやう》がついてゐた。髪《かみ
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