》はおたばこぼんにゆつてゐたやうに思《おも》はれる。
俯向《うつむ》いてゐたゆえ、顔《かほ》はどんなであつたかそれはわからない。
けれど、五月雨《さみだれ》の頃《ころ》とて、淡青《ほのあを》い空気《くうき》にへだてられたその横顔《よこがほ》はほのかに思《おも》ひうかぶ。
戸外《とのも》にはカリンの木《き》がうはつて、淡紅《うすくれなゐ》の花《はな》の香《か》が暗《くら》い雨《あめ》の庭《には》にたちまよふてゐた。
それが何時《いつ》であつたとも、そのムスメが誰《たれ》であつたとも今《いま》は知《し》るよしもない。
母《はヽ》にきけど、そんな窓《まど》は見《み》たことがないといふ。
姉《あね》にきけど、そのやうなムスメは知《し》らぬといふ。
その頃《ころ》よんだリイダアなどの絵《ゑ》の女《むすめ》かとおもふけれど、それもたしかでない。
ムスメはつひに俯《うつむ》いたまヽ、いつまでも/\私《わたし》の記臆《きおく》に青白《あをじろ》い影《かげ》をなげ、灰色《はいいろ》の忘却《ばうきやく》のうへを銀《ぎん》の雨《あめ》が降《ふ》りしきる。
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炬燵《こたつ》のなか
………お庭《には》のまえの亀岡《かめをか》に
君《きみ》をはじめてみるときは
千代《ちよ》もへぬべき心地《ここち》して………
美迦野《みかの》さんは、炬燵布団《こたつぶとん》の綴糸《とぢいと》をまるい白《しろ》い指《ゆび》ではじきながら、離室《はなれ》の琴歌《ことうた》に声《こえ》をあはせた。
「あたしね、「黒髪《くろかみ》」をあげたらこんどは「春雨《はるさめ》」だわ。いヽわね。は る さ め…………」
「……………………」
私《わたし》はだまつて美迦野《みかの》さんの靨《えくぼ》にうつとりとみとれてゐた。
「草之助《さうのすけ》さんてば返事《へんじ》がない、いヽ嫁《よめ》さんでもとつたのかい」
「…………」私《わたし》は笑《わら》つてゐた。
「なぜだまつてるのさ。なにかおこつたの」
「うヽん」
「さ、一がさした」
「二がさした」
「三がさした」
「四がさした」
「五がさした」
「六がさした」
「七がさした」
「蜂《はち》がさした、ぶん/\ぶん………」
「いや、美迦《みか》さんはあんまりひどくつねるんだものな[#「な」は判読困難につき推定、コマ25−左−3]
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