のと見える。いつも汽車の窓から見るだけでまだ一度もそこへ降りたことはないが、なんしろ心をひかれる景色だ。小杉未醒君が描いたらきつとうまいものが出來るだらうと思はれるやうな風景だ。
スケツチを見てゐたら、すこしセンチメンタルになつてきた。冒頭に書いた小唄は、しかし、このセンチメンタルに關係はないのです。
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春いくとせ
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いつか忘れてゐた言葉
あなたが拾つてもつてゐた
いくねんまへの
春だつた
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「青麥の青きをわけて、逢ひにくる。だつたかしら、そんな歌もおぼえてゐますわ」
「女つていふものは、變なことをよくおぼえてゐるものですねえ」
「月日だつてちやんとおぼえてゐましてよ」
「さうかなあ。そのくせナポレオンがセントヘレナへ流された日なんか忘れてゐるでせう」
「なんでも櫻の花がまるで雪のやうに青麥の間へたまつてゐました。ネルのキモノの袖口からくすぐつたい南風が吹いてくる日でしたわ」
「そんなにいろんな過去をおぼえてゐたら生きてゐることがずゐぶん負擔になりやしませんか」
「いやなことより好いことの方をよけいにおぼえてゐま
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