を參考にして描いたのだ。この自畫像はダ・ヴインチの作品を見て畫いたのだ」と言ふ。「だから惡いわけはない」やうなことを、私の批評の後で彼は言ふのだ。
 ルーベンスは日本になくたつていいし、ダ・ヴインチは世界に一人あればもう澤山だと思つたが、この青年に言つても無駄だから、その事は默つて歸した。
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    白晝夢

 夢を見てゐるのかも知れないが、近頃、夢を覺えてゐない。前の頃は寢牀《ねどこ》へ入つて眠りつく前に、今夜もあすこへ行けるんだなと、ぼんやり怡《たの》しいあすこを考へながら、枕にしつかり頭を埋めたものだつた。あすこといふのがどこだか、いま覺めて思ひ出しても浮んで來ないが、なんでも恰しい場所で、うとうと眠りに落ちてゆく、あの羽化登仙の瞬間には、そのあすこが、昨夜のあすこだと、おぼろげに形をなしてゐるのだ、かういふ瞬間は、もう夢の入口らしいがこの頃はあの恰しい所へも遠くなつてしまつた。
 世俗に色彩の夢を見ないといふが、ゴツホなどは夢と現《うつゝ》をごつちやにして、晩年あの黄色な繪具でカンバスを塗りこくつたのらしい。
 氣が狂つてくると黄色い繪具を盛んに使ふといふが、去年死んだ友人のDも、カンバスのまん中にぐいとカドミユームの道を一本描いたのを絶筆にした。私の色彩の夢は緑色だ。美濃版の浮世繪で、一人の女性が横に長く寢てゐる構圖だ。地は淡墨で髮の毛と齒とが黒い、キモノは下着から、膝にこぼれた襦袢から袖も襟も全部緑色だ。それがそれぞれの調子と濃淡とで統一されて落付いて、繪具は草汁らしいが黄色の交らないコバルト系の色彩で、淡墨と墨とに實に、無類の調和をもつた繪だつた。その女性がまた近代の女のやうに汗ばんでゐないで、手の甲は粉つぽくない白さで指の股から手の裏へかけてほんのり紅味をもつてゐた。磨きあげた足の踵は、鶯張りの縁側を歩いても音はたてまいと思はれるやうなたをやめで……。まあそんな風に美しい夢で、誰が畫いた版畫とも、また生きた女性だつたか、わからなくなつた。これはある年、京都にゐたころ祇園から若王子へぬける道の道具屋にあつた、歌麿筆|鐵※[#「漿」の「將」に代えて「将」、173−2]《おはぐろ》をつける女の圖がやはり墨と淡墨と緑の色調で、その繪を欲しいと思つてとうとう手に入れそこなつたので、その繪から受けた暗示が創作的な版畫の夢になつたらしくも思はれる。
 
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