コドモのスケッチ帖
動物園にて
竹久夢二

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)鶴《つる》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|疋《ぴき》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#二の字点、1−2−22]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)代々《だい/\》
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つる

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太郎「鶴《つる》がカアカアつて啼《な》いてるの、あれ泣《な》いてるんですか、おぢさん」
おぢさん「泣《ない》てるんぢやない、うれしくて歌《うた》つてるんです。ほらあの雄《をす》の鶴《つる》がカアつていうとすぐ雌《めす》の鶴《つる》がカアカアつていうだろう。そら、ね。カア、カアカア、カア、カアカアつてね」
太郎「おかしいなあ、それぢや二疋《にひき》で合奏《がつそう》してるんですねえ」
おぢさん「ほうら、また向《むかう》でもはじめた」
[#ここで字下げ終わり]
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うさぎ

お山《やま》の お山《やま》の 兎太郎《うさたろ》さん
お前《まへ》の耳《みヽ》は   なぜ長《なが》い。
枇杷《びは》の若葉《わかば》をたべたので
それゆへお耳《みヽ》が長《なご》ござる。

お山《やま》の お山《やま》の 兎太郎《うさたろ》さん
何《なに》がそんなに怖《こを》ござる。
びつくり草《ぐさ》ではないけれど
私《わたし》は風《かぜ》が怖《こを》ござる。
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へう

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太郎「おまへは虎《とら》の従兄《いとこ》なのかへ」
へう「へ※[#二の字点、1−2−22]、まあそんなもんです。これでも昔《むかし》は兄弟《きようだい》だつたんですがね。加藤清正公《かとうきよまさこう》が朝鮮征伐《ちようせんせいばつ》にいらした時《とき》、私《わたくし》の先祖《せんぞ》が道案内《みちあんない》をしたので、そのお礼《れい》に清正公《きよまさこう》の紋所《もんどころ》をこうして身体《からだ》へつけて下《くだ》すつて代々《だい/\》まあこうして宝物《ほうもつ》にしてゐるやうなわけですよ」
太郎「なるほどそうかねえ、道理《どうり》で清正《きよまさ》の紋《もん》とおんなじだとおもつたよ」
[#ここで字下げ終わり]
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ふくろう

梟《ふくろう》は何《なに》も言《い》はぬ。
世界中《せかいぢう》の子供《こども》がみんな眠《ねむ》つた時《とき》
お月様《つきさま》何《なに》してる、お星様《ほしさま》何《なに》してる。
夜《よる》、眼《め》の見《み》※[#「江」のくずし字、コマ7−右−4]る梟《ふくろう》は
知《し》つてるくせに何《なに》も言《い》はない。
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昔《むかし》、「う」のお母《かあ》さんが子供《こども》を産《う》む時《とき》、近所《きんじよ》に火事《くわじ》があつたんで、たべかけてゐた魚《さかな》を「う呑《のみ》」にして迯《にげ》だしたさうです。ほんとだかどうだか知《し》りません。うそだと思《おも》つたら先生《せんせい》に訊《き》いてごらん。先生《せんせい》が御存《ごぞん》じなかつたら「う」に聴《き》いてごらんなさい。
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ねこ

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
黒猫「おまへさんなんざあ器量《きりよう》は好《い》いし、おとなしいから人《ひと》に可愛《かあい》がられて幸福《しあはせ》といふものさ」
斑猫「あらまあ、あんなことを、おなじ猫《ねこ》でも女《をんな》になんぞ生《うま》れてはつまりませんわ」
黒猫「どうしてなか/\、私《わたし》なんざあ、自分《じぶん》で自分《じぶん》の糊口《くちすぎ》をしなきやあならないんですからやりきれやせんや」
斑猫「それだから結構《けつこう》ですわ。夜《よる》なんかでも、あなたは毛色《けいろ》がお黒《くろ》いから鼻《はな》の頭《あたま》へ御飯粒《ごはんつぶ》をくつつけて口《くち》をあいてゐれば鼠《ねづ》さんは黒《くろ》い所《ところ》に白《しろ》いものがあるので喜《よろ》こんで食《た》べに来《く》ると食《た》べられるつていふぢやございませんか。そんなことはとても私《わたし》たちには出来《でき》ませんわ」
[#ここで字下げ終わり]
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べにすヾめ

雪《ゆき》の降《ふ》る日《ひ》は
べにす※[#濁点付きの二の字点、コマ10−右−2]め
紅《あか》い木《こ》の実《み》が
たべたさに
そつと出《で》て見《み》る
いぢらしさ。
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きつね

[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
太郎「おぢさん狐《きつね》は化《ばか》しませんか」
動物園のおぢさん「私《わたし》はまだ化《ばか》された事《こと》はない」
太郎「おぢさん、この狐《きつね》は雄《をす》と雌《めす》ですか」
おぢさん「さうです」
太郎「それぢや、狐《きつね》のお嫁入《よめいり》の時《とき》雨《あめ》が降《ふ》りましたか」
おぢさん「この狐《きつね》たちは動物園《どうぶつゑん》へ来《く》るまへにもう嫁《よめ》いりしたのです」
[#ここで字下げ終わり]
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ぞう

何時《いつ》来《き》て見《み》ても
泣《な》いてゐる。
何《なに》が悲《かな》しゆて
お泣《な》きやるぞ。
悲《かな》しいことはないけれど
生《うま》れ故郷《こけう》が
なつかしい。
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はと

………たべてもすぐにかへらずに
   ぽつぽぽつぽとないて遊《あそ》べ………

………いつしよに遊《あそ》ぼとおもへども
   下駄《げた》や足駄《あしだ》の坊《ぼつ》ちやんに
   足《あし》を踏《ふ》まれて痛《いた》いゆへ
   屋根《やね》のうへから見《み》てゐましよ………
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さる

一|疋《ぴき》の小猿《こざる》が「おれのお父様《とつちあん》はおまへ豪《えらい》んだぜ、兎《うさぎ》と喧嘩《けんくわ》をして勝《か》つたよ」と言《い》ひました。すると他《ほか》の小猿《こざる》が「おれの父様《ちやん》はもつと豪《えら》いや、鬼《おに》ヶ島《しま》を征伐《せいばつ》にいつたんだもの」「うそだあ、ありや昔《むかし》の事《こと》ぢやないか」「うそぢやありませんよだ。それが証拠《せうこ》にはお尻《しり》のとこに大《おほ》きな刀痕《かたなきづ》がついてらあ」と威張《ゐば》りました。
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にはとり

鶏《にはとり》は神様《かみさま》に夜明《よあけ》を知《し》らせる事《こと》を仰付《おほせつ》かつたのが嬉《うれ》しさに、最初《さいしよ》の夜《よる》、まだお月様《つきさま》がゆつくりと空《そら》を遊《あそ》びまはつてゐるのに、時《とき》を作《つく》つて啼《な》きました。それで朝日《あさひ》はびつくらして東《ひがし》の山《やま》から出《で》ましたので、お月様《つきさま》はなごり惜《を》しいけれどそれきり夜《よる》に別《わか》れました。それからといふもの、お月様《つきさま》は怒《おこ》つて日《ひ》が暮《く》れると、鶏《にはとり》の眼《め》を見《み》えぬやうにしてしまひました。それで「とりめ」になりました。
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ほつきよく ぐま

ほつきよくぐまの おかしさは
いつきて見《み》ても  いや/\と
かぶりを振《ふ》つておりまする。
パンをやつても  いイや いや
肉《にく》をやつても   いイや いや
かぶりふり/\食《た》べました。
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たか

お婆《ばあ》さんの独言《ひとりごと》「おまへも世《よ》が世《よ》ならば、将軍様《せうぐんさま》の御手《おて》にとまつて、昔《むかし》は、富士《ふじ》の巻狩《まきがり》なぞしたものだが、今《いま》ぢや梟《ふくろう》と一所《いつしよ》にこんなところへか※[#濁点付きの二の字点、コマ17−右−3]んでるのは辛《つら》いだろうの。したが、これも時代《ときよ》とあきらめるが好《い》いぞ[#「ぞ」は底本では「濁点付き平仮名う」、コマ17−右−5]よ。これさ、うの目《め》たかの目《め》つて世間《せけん》の口《くち》の端《は》にか※[#二の字点、1−2−22]るではないか、そんな怖《こは》い目《め》はせぬものぢや」
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らくだ

太郎「らくだよ らくだ
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なんておまへはなまけものなんだろう[#「なんだろう」は底本では「なんだろら」]。
のらくら のらくらと一日《いちにち》なまけてゐるではないか」
[#ここで字下げ終わり]
らくだ「坊《ぼつ》ちやん。私《わたし》が好《い》い見《み》せしめです。
[#ここから1字下げ]
あんまりなまけたので昔《むかし》私《わたくし》の先祖《せんぞ》は神様《かみさま》に撲《なぐ》られまして、ごらんの通《とほ》り身体中《からだぢう》瘤《こぶ》だらけになりました」
[#ここで字下げ終わり]
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あうむ

ある猟人《かりうど》が、山《やま》[#ルビの「やま」は底本では「ま」]へ猟《かり》にゆきますと、何処《どこ》からか鸚鵡《あうむ》の啼声《なきごゑ》が聞《きこ》えます。声《こゑ》はすれども姿《すがた》は見《み》えぬ、猟人《かりうど》は途方《とはう》にくれて「おまへはどこにゐる」と言《い》ひますと「わたしはこ※[#二の字点、1−2−22]にゐる」と答《こた》へた。猟人《かりうど》は、その無邪気《むじやき》な鸚鵡《あうむ》を可憐《かあい》そうに思《おも》つて撃《うた》ないでつれてかへつて可愛《かあい》がつて飼《かつ》てやりました。
するとその辺《へん》に住《す》んでゐた太郎《たらう》ぢやない、次郎《じらう》といふ子供《こども》が、その鸚鵡《あうむ》を盗《ぬす》んでポツケツトへ入《い》れました。
猟人《かりうど》[#ルビの「かりうど」は底本では「りうど」]は鸚鵡《あうむ》がゐないので「おまへはどこへいつた」と言《い》ひますと、鸚鵡《あうむ》は子供《こども》のポツケツトの中《なか》で「わたしはこ※[#二の字点、1−2−22]にゐる」と答《こた》へました。
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しか

鹿《しか》が小川《をがは》の水《みづ》の中《なか》に立《た》つて、自分《じぶん》の姿《すがた》を水《みづ》に映《うつ》して
「おれの角《つの》はなんて美《うつく》しいんだらう。だが、この足《あし》の細《ほそ》いことはどうだろう、もすこし太《ふと》かつたらなア」と独語《ひとりごと》を言《いつ》た。そこへ猟人《かりうど》が来《き》た。おどろいて鹿《しか》は迯《に》げだした。細《ほそ》い足《あし》のおかげで走《はし》るわ、走《はし》るわ、よつぽど遠《とほ》くまで迯《に》げのびたが、藪《やぶ》のかげでその美《うつ》くしい角《つの》めが笹《さヽ》に引掛《ひつか》かつてとう/\猟人《かりうど》につかまつたとさ。
[#改ページ]

ライオン

太郎《たらう》は、エソップのなかの、或時《あるとき》ライオンが一疋《いつぴき》の鼠《ねづみ》を捕《と》つたら、鼠《ねづみ》が「おぢさんわたいのやうな小《ち》いさなものをいぢめたつてあなたの手柄《てがら》にもなりますまい」つて言《い》つたらライオンは「ハヽヽヽなるほどさうだ」つて許《ゆる》してやつた。するとある時《とき》、ライオンが猟人《かりうど》に捕《つかま》つて縛《しば》られたとこへ例《れい》の鼠《ねづみ》が来《き》て「おぢさん、待《ま》つといで」と言《い》つて縛《しば》つた縄《なわ》を噛切《かみき》つてやりました。つていふ噺《はなし》を思出《おもひだ》して「おぢさん、ライオンは馴《なれ》たら鼠《ねづみ》でも喰《く》ひませんか」と動物園《どうぶつゑん》のおぢさんに聞《き》きました。すると、おぢさんの答《こたへ》はこうでした「すぐ喰《く》つちまふ」
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だてう

[#ここから改行天付き、折り
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