かく波にさらわれ勝《がち》であった。
ここに燈台の櫓《やぐら》では、父のため、多くの難船した人のため、摩耶《まや》はあらん限りの力で霧笛《きりぶえ》を吹いた。
しかし今年十二の少年の力では容易でない。忽《たちま》ちへとへとに労れてしまって、霧笛の音は、とぎれとぎれになった。
しかしいま吹きやめたら、父はどんなに困るかも知れぬ。そう思うと死んでも止《や》められない。ポーと吹いては休み、ブウと吹いては休んだ。しかし父のためだ! 多くの人人のためだ! それでこそ日本男児だ! 吹く吹く、死んでも吹く……
また海の上では、かすかながらも鳴っている霧笛の音を聞いては、父は新しい力を腕にこめて、ボートを漕いだ。
漸《ようや》くにして父のボートが汀《みぎわ》へたどりついた。折もよし、村の人人は須美《すみ》に連れられて走って来た。
遭難の人人の手当は、村人にまかせて、須美は急いで櫓の上にあがって見た。摩耶は霧笛を唇にあてたままそこに死んだように倒れていた。
「摩耶ちゃん、摩耶ちゃん」
姉は泣声で呼んだ。すると勇敢なる日本男児はすぐ甦《よみがえ》った。
五人の遭難者も死んではいなかった。
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