くて仕方が無いよ、そう思わない?」
「そうね、あたしも先刻《さっき》からそう思っていたけれど、摩耶《まや》ちゃんが淋しがると思って言わなかった。」
「また難破船でもあるのじゃないかしら。」
 姉と弟とがこんな話をしているところへ、父はあたふたと階上《にかい》から降りて来て
「須美《すみ》、浜へ出て見てお出《い》で、何だか変な物が望遠鏡に映ったから」
「はい」
 健気《けなげ》な姉娘の須美は父の声の下《もと》に立上《たちあが》ると
「姉さん、僕も行くよ」
 と弟の摩耶は後《うしろ》についた。
 浜へ出て見ると、果して其処《そこ》の砂浜の帆柱《マスト》の折れたような木に、水兵の着る赤いジャケツが絡みついているのが見えた。二人はそれを持って急いで帰った。父はそれを見るや否や、
「ああまたやられたか」と言って「俺《おれ》はこうしては居られない。直《す》ぐに救いのボートを出すから、須美は村の者に直ぐこのことを知らせるよう、それから摩耶は櫓《やぐら》の上で霧笛《きりぶえ》を吹いているんだぞ、しっかり吹かないと、お父さんまで難船してしまうぞ。好《よ》いか」
「大丈夫お父さん」
 摩耶は元気よく答えた
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