何をしてござるんだい? おれは誓つて、他人に洩らしはしないからね。』つてさ。ところが狡い犬ころめ、尻尾を捲いて、いやに身を縮こめやがつて、何も聞えないやうな振りをして、こそこそと部屋を出て行つてしまつた。おれは疾うから、犬といふ奴は人間よりぐつと賢いものだと思つてゐた。そればかりか、物をいふことだつて出來るやうだが、ただどうも、かう、片意地なところがあるらしい。あれでなかなかの策士で、なんでも見てとり、人間の技巧《トリック》などはちやんと見拔いてしまふ。いや、明日はどんなことがあつてもズヴェルコフの持家へ出向いて、フィデリをとつちめて、まんがよければ、メッヂイの書いた手紙を殘らず押收してこまさにやならん。

   十一月十二日
 なんでもかんでもけふはフィデリに會つて詰問してやらねばと、午後の二時に家を出た。おれには甘藍《キャベツ》といふやつがどうにも鼻もちがならぬのに、メシチャンスカヤ街の小つぽけな店といふ店から、あれの臭ひがぷんぷんとするのだ。搗てて加へて、どの家の門口《かどぐち》からもおつそろしく不快《いや》な惡臭が流れて來るので、おれは鼻を押へて大急ぎに駈け拔けた。それに下賤な
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