んて。
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『では、ちよつと失禮、〔ma《マ》 che`re《シェール》〕!(愛する友よ!)、あたし、ちよつとそこいらまで一走り行つて來るから中座してよ……。でも、あとは明日すつかり書くわ。――今日は! さあ、またお手紙に取りかかりませうね。あの、今日うちのソフィーお孃さまつたらねえ……。』
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そうら! おいでなすつたぞ。ええと、お孃さんがどうしたんだつて? ちえ、畜生め!……おつと、大丈夫、大丈夫……さあ、あとを讀まう。
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『……ソフィーお孃さまつたらね、今日はとても大騷ぎだつたのよ。舞踏會へいらつしやるつていふのでさ、でも、そのお留守にお手紙が書けると思つて、あたし嬉しくなつてしまつたわ。うちのソフィーさまつたら、いつでも舞踏會とさへいへば、とても大はしやぎなの、尤もお召しかへの折にはきまつてぷりぷり八つ當りをなさるけどさ。あたしには人間つてどうしてあんな着物なんてものを着るのか、さつぱり譯がわからないの。何だつて、あたしたちみたいに、裸かで出歩かないのでせうね? その方が便利で、氣持も樂でせうにさ。ねえ 〔ma《マ》 che`re《シェール》〕(親愛なる友よ)、どうして舞踏會へ行くのがあんなに嬉しいのか、さつぱり分らないわ。ソフィーさまが舞踏會からお歸りになるのは、いつも朝の六時ごろで、たいてい蒼白めて窶れきつた顏をしていらつしやるところを見ると、お可哀さうに、きつと舞踏會では何んにも召しあがらないらしいのよ。正直なところ、そんな苦しい眞似は迚もあたしには出來ないわ。だつてさ、蝦夷山鳥の入つたソースとか、鷄肉《とり》の翼下《はねした》のローストでも食べさせて貰へなかつたら……それこそ、あたし、どうなるか分らないと思つてよ。お粥にソースをかけたのだつて美味《おい》しいわ。でも人參だの、蕪だの、食用薊なんてものは――ちつとも美味《おい》しいものぢやないわ。』
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おつそろしく斑《むら》のある文章だ! 一目で人間の書いたものでないことが分つてしまふ――初手《はな》はちやんとまとまつてゐたが、末の方で犬式に足を出してしまつてゐらあ。どれ、もう一つの方のを讀んで見よう。ちと長つたらしいな。ふむ! 日附がないや。
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『まあ、ちよいとフィデリさん、何となく春めい
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