たのである。それは単に表題を書き改めて、ところどころ、動詞を一人称から三人称に置きかえるだけの仕事であった。ところが、彼にはそれがもってのほかの大仕事で、すっかり汗だくになり、額を拭き拭き、とうとうしまいには、「いや、これよりわたしにはやっぱり何か写しものをさせて下さい。」と悲鳴をあげてしまった。で、彼はずっとその時以来、あいも変らぬ筆生として残されたのである。どうやら彼にはこの写しもの以外には何ひとつ仕事がなかったもののようである。彼は自分の服装のことなどはまるで心にもとめなかった。彼の着ている制服といえば、緑色があせて変なにんじんに黴《かび》が生えたような色をしていた。それに襟が狭くて低かったため、彼の首はそれほど長いほうではなかったけれど、襟からにゅうと抜け出して、例の外国人をきどったロシア人が幾十となく頭にのせて売り歩く、あの石膏細工の首ふり猫のように、おそろしく長く見えた。それにまた、彼の制服には、いつもきまって、何か乾草の切れっぱしとか糸くずといったものがこびりついていた。おまけに彼は街を歩くのに、ちょうど窓先からいろんな芥屑《ごみくず》を投げすてる時をみはからって、その下
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