あたしが知らないとでも思つてるのかい? ええ、ええ、あたしや何もかも知つてるんだよ。あたしをペテンに懸けるのあ、お前さんみたいな頓馬でなくつたつて、ちよつくら難かしいんだからね。あたしやよくよく我慢をしてゐるんだけれども、後になつて焦《じ》れなさんなよ……。」
 これだけ言ふと、女は拳を固めて打ちふりながら、丸太のやうに突つ立つてゐる村長を尻目にかけて、すばやくその場を立ち去つた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]いんにや、これあてつきり悪魔のいたづらぢや。※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう考へながら、村長はやけに脳天をかきむしつた。
「捉まへましたよ!」と、ちやうどそこへやつて来た村役人どもが叫んだ。
「どいつを捉まへたんだ?」と村長が訊ねた。
「裏がへしの皮外套《トゥループ》を著た野郎でさ。」
「連れて来い!」村長はかう呶鳴つて、そこへ引つたてられて来た捕虜の手を掴んだが、「貴様たちやあ気でも狂つたのか? これあ、酔つぱらひのカレーニクぢやねえか!」
「ちえつ、忌々しい! たしかにあつしらの手で捉まへたのですがねえ、村長さん!」と村役人どもが答へた。「あん畜生ども、路地の奥
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