仔豚の代りに我れと我が唇を焼いてしまふ道理ぢやないか……。」
「で、あの、なんですの……」と、その時、寝棚《レジャンカ》のうへにあぐらをかいて坐つてゐた、くだんの村長の義妹《いもうと》だと称する女が口を出した。「あなたはずつと此処《こちら》で、おつれあひとは別々にお暮しなさるおつもり?」
「だといつて、彼女《あいつ》がわしになんの用がありますだね? なんぞ好いところでもありやあ、また格別ですがね。」
「そんなに見くびつたものでもなからうがな?」と、村長が、その独眼をじつと相手に凝らしながら訊ねた。
「見くびるにも見くびらんにも! 二日たあ見られねえ老いぼれ婆あで、そのご面相と来ちやあ、皺だらけで、まるで空の巾著さね。」そして蒸溜人《こして》のちんちくりんな胴体は、又もや哄笑とともに揺ぶられた。
 ちやうどその時、入口の外で何かゴトゴト物音がしはじめた。と、だしぬけに戸があいて――一人の百姓が、帽子も脱《と》らずに、閾を跨いで、のつそり入つて来るなり、きよとんとして家のまんなかに突つ立つたが、そのままぼんやり口をあいて天井を眺めまはした。それは他ならぬわれわれのお馴染のカレーニクであつた
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