を切れ!」と村長は、まさかの時には逃げ延びられる安全な場所を捜すやうに、うしろを見まはしながら言つた。
村長の義妹は十字を切つた。
「はあて、これは義妹《いもうと》に違ひないわい!」
「いつたいまた、どうして留置場などへ来なすつただね、お前《めえ》さんは?」
そこで村長の義妹はしくしく涕きながら、往来で若者たちに無理やり捉まへられて、抵抗はしてみたけれど、無体にもこの小屋の窓から投げこまれて、窓に鎧扉を釘づけにされてしまつた顛末を話した。助役がちらと見ると、なるほど大きい鎧扉が蝶番から引つ剥《ぺ》がされて、うへの桁に釘づけにしてある。
「ふん、立派なことだよ、この一つ目入道つたら!」と、女は村長の方へ詰めよりながら、喚きたてた。村長はたじたじと後《あと》ずさりをしながらも、じつとその独眼を見はつて女を眺めつづけた。「お前さんの思惑はちやんと分つてゐるよ。お前さんはあたしがゐては気儘に娘つ子の尻を追ひまはしたり、その白髪頭でこつそり馬鹿な真似をすることが出来ないものだから、をりがあれば、わたしを厄介払ひにしようしようと思つてゐたんだろ。ふん、お前さんが今夜、ハンナと何を話してゐたか、あたしが知らないとでも思つてるのかい? ええ、ええ、あたしや何もかも知つてるんだよ。あたしをペテンに懸けるのあ、お前さんみたいな頓馬でなくつたつて、ちよつくら難かしいんだからね。あたしやよくよく我慢をしてゐるんだけれども、後になつて焦《じ》れなさんなよ……。」
これだけ言ふと、女は拳を固めて打ちふりながら、丸太のやうに突つ立つてゐる村長を尻目にかけて、すばやくその場を立ち去つた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]いんにや、これあてつきり悪魔のいたづらぢや。※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう考へながら、村長はやけに脳天をかきむしつた。
「捉まへましたよ!」と、ちやうどそこへやつて来た村役人どもが叫んだ。
「どいつを捉まへたんだ?」と村長が訊ねた。
「裏がへしの皮外套《トゥループ》を著た野郎でさ。」
「連れて来い!」村長はかう呶鳴つて、そこへ引つたてられて来た捕虜の手を掴んだが、「貴様たちやあ気でも狂つたのか? これあ、酔つぱらひのカレーニクぢやねえか!」
「ちえつ、忌々しい! たしかにあつしらの手で捉まへたのですがねえ、村長さん!」と村役人どもが答へた。「あん畜生ども、路地の奥
前へ
次へ
全37ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング