不ぞろひな鼓動を打ちはじめたため、錠前の外れる音も聞えぬくらゐであつた。つひに戸が開け放たれた、と……村長の顔は布のやうに蒼ざめてしまひ、蒸溜人《こして》はぎよつとして髪の毛が逆立つやうに感じた、助役の顔にもまざまざと恐怖の色が現はれ、村役人どもはその場に釘づけにされたやうに立ちすくんだまま、一様に開いた口を塞ぐことも出来ない為体《ていたらく》であつた――一同の面前には村長の義妹が立つてゐたのである。
女は一行にも劣らず仰天してゐたやうであるが、やや正気にかへると共に、みんなの方へ近づかうとした。
「そこを動くな!」と、怪しく顫へを帯びた声で喚きざま、村長はぴたりと女のまへに戸をたてた。「皆の衆、これあ悪魔ぢやよ!」と、彼は語をついだ。「火を持つて来い! 早く火を持つて来い! 公共の建物を惜しむこたあない! さあ、火をかけるのぢや、悪魔の骨ひとつ残らぬやうに焼きはらつてしまふのぢや!」
村長の義妹《いもうと》は、扉ごしにこの残酷な決議を聞いて、怖ろしさのあまり、わつとばかりに声をあげた。
「皆の衆、これあ又、どうしたことだね!」と、蒸溜人《こして》が口をはさんだ。「あたら、頭べに霜をいただきながら、これしきのことを御存じないとは驚ろいた――妖女《ウェーヂマ》を焼くには普通《ただ》の火では駄目だつてことをさ! 憑魔《つきもの》を焼くには是非とも、煙管《きせる》の火を使はにやあなりませんやね、ちよつくらお待ちなせえ、万事はこのわつしが引受けましたよ!」
さう言つて、煙管から煙草の燠《おき》を藁束のなかへはたき落すと共に、フウフウ吹きはじめた。切羽つまつた哀れな村長の義妹は、やつとその時、元気を取り戻した。彼女は声を振りしぼつて哀訴したり、その誤つた考へを棄てるやうにと歎願したりしはじめた。
「まあ待ちなされ、皆の衆! 何も、無駄な罪科《つみ》を重ねるこたあねえでがせう? ひよつとしたら、これあ悪魔ではないかも知れねえのに!」と、助役が言つた。「もし彼奴が、といふのはこの中に坐つとる奴のことですよ、そやつが十字を切ることを承知しさへすれば、それが悪魔でない明白な証拠なんだから。」
この提案は取りあげられた。
「おらに憑《つ》くでねえぞ、悪魔!」さう、助役は戸の隙間に口をあてて言つた。「もし、その場から動かなかつたら、戸を開けてやらう。」
戸が開けられた。
「十字
前へ
次へ
全37ページ中26ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング